<Diary Index Page> 2025年3月
小鳴門橋を渡った大毛島にある南海病院と言えば私が小学生の頃はキチガイが送り込まれるところと鳴門の子どもの間で怖がられていた。大人が子どもを叱るとき「そんな聞き分けがないこと言うんだったら南海病院に入れるでよ」と脅すこともあった。昭和40年代はそんな偏見があった。
その南海病院で母の頭部CT検査。予約が11時。10:16に実家に着いて母を乗せ初めて行った。東から向かうと手前に看護学校。奥に大きな建設中の建物があるが案内に従って向かうとこの裏に病院があった。受付の方に連れられ検査室へ。暗い廊下で待ったが支払は不要で10:46には病院を出た。
松茂のひろっちゃんで早めの昼食をとり礼服を作ったfromGに12時過ぎ。5年前に作ったスーツの下をヒップとウェストを大きくしてもらうため置いてきて礼服を受け取り次は月末だから三菱UFJ銀行で記帳。イオンモールに回ってコーヒー豆を購入して沖浜のコーナンへ。さらにコメリにも寄った。
コーナンでアンテナの輻射器をブームに固定するためのU字ボルト129円を買ったが径が大きくてはまらない。結局アマゾンで探して発注した。320円。とりあえずやれることをと新居に来て切断した5D-FB同軸ケーブルの両端にM型コネクタをハンダ付けした。
川内のマンションから退去した方に阿波銀行のネットバンクで返金する敷金を振り込もうと思ったら限度額オーバー。限度額を変更しようとしたらワンタイムパスワードが必要と。初期設定もできずどうもiPhoneを替えたとき設定が完了していなかったらしい。アプリを削除して設定し直し振込完了。
さて50MHz帯の交信は平時には期待できないが45年前の6エレ八木の残骸を使ってアンテナを作ってみることにした。輻射器とブームを繋ぐ部品がないから直径12mmのエレメントを差し込める塩ビパイプをアマゾンで見つけカートに入れた。バランは使えないはずで新しい市販品を買っている。
このバラン付属のエレメントとコードで繋ぐ部品は温存して丸型圧着端子を買いに昨日コメリに行った。でもマッチングはどう取ればいいのだろう。車で走りながら考えて輻射器は八木アンテナのアルミパイプではなく塩ビパイプに導線を這わせば長さを調節してマッチングできると思い付いた。
そこで径の違う塩ビパイプを買って細い方を2つに切り太い方に両側から差し込みテープで固定。ところがパイプが太くてブームに付けるクランプが浮きボルト長が足りない。またコメリで買って来たがブームに付けるU字ボルトも長さ不足。古い部品の使い回しも限度がある。寒くなって今日は断念。
土間コンクリートの目地を外せば同軸ケーブルを這わせられるかもと思い付いてアンテナマストの設置位置はまた駐車場脇で考え始めた。単管パイプを設置した東ではなく南。以前はカーポート柱に添わす案を持っていたが乗り降りの邪魔にならないところがいい。建物からの反射波も考えた。
壁から波長6mと輻射器マスト間1.4mの計7.4m離して考えていたが北東から斜めに入るから60cm西に寄る。玄関から計ると45cm西。いや斜め上から反射するのだから仰角20度で7.4m-60cmのさらに37cm西。7.4m地点からだと97cm西。つまり壁から6.4m。結局カーポートの柱の位置だった。
当初計算違いでエブリイワゴンのドアが開けられない位置だと思った。それで前進駐車も検討。荷室が玄関に向くから利便性は上がるがタイヤは土に乗るし運転席の外も土。いっそ今の木板を止めて運転席から歩ける幅60cmほども含めて舗装にするか。するとBBQ場の位置がいつもより南に寄る。
現状BBQのときにスノーピークの焚き火台とテーブルとキャンプ用チェアを出しているが面倒なのでいつか常設にしたいと思っていた。それで先日来BBQスペースの土に線を入れて考えている。さらに動線を考えるのに花子で図を描いて検討。何度も距離を測り花子で移動させたり回転させたり。
妻と義母も一緒に今日も鳴門。母の介護認定更新で月曜に行った病院からの紹介状を持って予約していた心療内科ココロカルに行ってきた。看板はよく見るが老舗スーパーの主婦の店鳴門店があった場所だ。受付の女性がマスクはしていたが目元がJ社同期K野の元奥さんの若い頃にそっくり。
ほどなく呼ばれて心理士の若い女性に訊かれるまま母の妄言や幻視など具体的なエピソードを答えた。さらに母だけ残って認知症のテストを受けていた。診察室に呼ばれて行くと女性医師。再び同じような話をくり返したが母は車で事故を起こしたことも忘れていた。要介護1が出るレベルと医師。
15分ほどで退出したが母は一人戻って私たちが極端に言いすぎると言っていた様子。血液検査なども受けた。初診で診断書を書いてくれるか分からなかったが可能とのことで妻が鳴門市の担当者に電話。私は頭のCTスキャンを取る予約を看護師さんと調整。書類が病院に届いたら改めて受診する。
そのままマルナカで買物をしてから第一小学校前のイタリアンに行った。予約でいっぱいと言われたが19時までなら可能とのことで4人でピザ2枚。母が「今日帰ったらお父さんがタバコ吸いよったんよ」と真顔で言った。父は20年前に死んでいるんだが。母の幻視の実例がまた一つ増えた。
ローンで買って1997年1月から2年住んだ川内のマンションは以後ずっと人に貸していたが2011年8月から住んでくれていた4組目の賃借人が今日退去するので中学の同級生で不動産屋T石社長と立ち会いに行ってきた。前の入居者が退出したのが2011年4月で翌月末に行ったのが最後だったと思う。
今日まで13年7ヶ月も住んでくれた方はJ社にも勤務していたことがあると聞いていた。入居される半年前に川内であったミニライブにも来られていたと後からF原君に聞いた。だから会ったことはあるはずだが記憶はない。今日は風があったのでフォレスターで行き駐車場を一周して入口付近に停めた。
T石社長は既に来ていて立ち話。この後すぐ引越先に向かうという賃借人K藤さんが下りて来て3人で部屋へ。前の入居者は室内でタバコを吸っていて汚れていたが今回はエアコン跡や冷蔵庫跡に壁の凹みはあるが14年にしてはきれい。ほとんどが経年劣化で敷金は全額返金でいいとT石社長。
玄関の暗唱番号や郵便受けの番号や気になるところを聞いた後はJ社の共通の知人の話。私と入れ違いで入社して12年在籍していたと。T石社長とも共通の友人がいたようだ。最後にトランクルームや郵便受けを案内してもらい30分で解散。前からあったという25×40cmのカゴを持ち帰った。
町道下をくぐる用水路に昨日ホースを通したが用水が流れると結構な水圧を受けると思う。やはりホースは吊した方がよさそうだ。そこでホースを引き上げる道具を作成。農業用の支柱では心許ないのでコメリで1.8mのアルミ製U字棒を買って先端に手元にあった金属のL字棒をテープで取り付けた。
これをグレーチングの隙間から入れ用水路底のホースを引っ掛けて持ち上げ今日買って来た太めの針金で括る。当初はうまく行かず針金を落として拾ったり。途中から妻に手伝ってもらい結局4カ所でホースを吊り下げた。ただホースが柔らかいから細い針金で凹まされ水流が悪くなった気もする。
作業をしていると用水路を使うH木S美さんが来て立ち話。H木氏には一昨日だったか許可をもらっていたが作業を説明すると古いホースを通したのは30年以上前だろうと言う。さらに用水を使う前に役場がグレーチングを上げて掃除してくれるらしい。ではそのときにもっといい方法で吊し直そう。
グレーチングを持ち上げるのなら括りつけた針金も取り除いておく必要がある。担当を教えてもらおうと建設課S尾課長に電話して事情を説明。でも水が流れるなら掃除はしないし毎年やるものでもないと。担当はK米氏と聞いた。夜は妻が買って来ていたペルトナーレの弁当を食べた。
畑に伸ばした昔からある道路下用水路のホースは交換も考えたが覗くとグレーチングから吊り下げている。用水に浸かるのを避けるためか。内径12mmだが当面これでいいと思っていたら一部が裂けて道路に向けて水が噴き出し始めた。応急措置としてビニールテープで塞いだが。やっぱり交換か。
15年以上前のものだろうから劣化もしている。交換品は長さ15mがいいが適当な製品がなく後から切ろうと20mを買うことにした。一方ホースリールの代わりに内径15mmの10mホースも買うつもりだったが当面5mで十分かも知れない。それなら20mをそのまま切らずに使えばいいと気づいた。
アマゾンで発注前に急きょ変更。日曜夕方に届いたが意外に柔らかく幅7mの道路下を端から通すのにすぐとぐろを巻きそう。通線ワイヤーを先に通すことも考えたが巻癖が強くて断念。黄砂飛来中の中を午後から取り掛かった。狭い用水路に下りてホースを送り込むのだが届いたのは道路中央まで。
ここからはホースを押し込み大きな円を作りグレーチング上の隙間から棒を入れて延ばしていくという地道な作業。何とか7m向こうまで通った。ホース両端はフェンスで一周させノズルなどを接続。ホースホルダーも届いたから針金でフェンスに留めた。ただ内径15mmになったのに水量は変わらず。
母の介護認定更新手続きがあって鳴門に行った。鳴門市役所の担当者が14時に来るというので13:35頃に着いたら車から下りて来られるところ。一緒に家に入った。まず母も交えて質問を受ける。ベッドから起きる動作なども確認。これはほぼ問題なくできる。続いて母を除いての話。2Fに上がった。
母の認知機能について思い出すままに話をした。先週金曜にも甥2が学校に行かず夕食も摂らないと電話してきた。いや甥は東京だが。そう指摘すると分かっていると答える。今日もテレビが点いていたのを亡父が観ていたと言うし。妄想というか幻視は1年前より酷くなったと実例を挙げて説明した。
医師の診断も必要で病院に行こうとしたら既に一人で行ったと言う。降圧剤をもらいに行ったら認知症テストも受けたと。ともかく母も連れ病院に行って妻と2人で医師と話した。市から書類が病院に来ていて土曜に返送したと。ただ医師は内科的診断しかできないしそれでは認定は難しいと言う。
認知症は専門医に診てもらった方がいいと心療内科に紹介状を書いてくれた。妻が市役所に電話して診断書の再提出の要望を伝え一方で紹介された心療内科が初診で診断してくれるかという問題もあると。ともかく妻が事情を話して病院を予約。16時を回って墓参りに行き買い物と王将で夕食。
無線アンテナを敷地南に建てる可能性を考えた。クリエイトデザインの6エレ八木CL6DXはブーム長が5.7m。3.5mの回転半径はマストから先頭導波器の先端までの距離だろう。三角関数を駆使してマストより後ろのブーム長は2.52mと計算。反射器の右端が歩き道上空に掛からないようにしたい。
東北東向きなら南側擁壁とほぼ平行にできメジャーだけでマスト位置は決められる。でも北東に向けるとどうか。マストから反射器の端までは2.95m。家の壁もあって図面ではよく分からず実家から回収した45年前のCL6DXのブーム2/3と反射器だけを仮組みして実際に当てて金曜に試行してみた。
北東に向けて歩き道を避けるとマストは内に寄る。当初は第1導波器を付けていたが一旦片付けてから間違いに気づきやり直し。東北東向きは敷地内に納め北東向きは歩き道に反射器が40cm被っても仕方ないと割り切るしかなさそうだ。輻射器は20cmほど。この2本だけで済むから許してもらおう。
この場合同軸ケーブルはブーム後端経由で上空を通して壁まで3m。制約がないBBQ場の南西角も検討したが同軸ケーブルをアプローチ外に一旦出して地面を大回りさせて26m。上空を結ぶと7.5mだが風圧も受けるから不安がある。土間コンクリートの目地を外して這わせば15mだが可能かどうか。
昨日屋外で作業をしていたら2週間前に亡くなった武っちゃんが乗っていた軽トラが来た。息子のY田君だ。彼が停まって立ち話。葬儀は受付名簿で180人だったらしい。武っちゃんは4日まで話もしていたとか。遺品整理や家族の問題なども聞いていたら妻も出てきて結局1時間以上も話していた。
今日は甥1の高校野球東京都大会一次予選2回戦。妻は10時から高津文美子さんの10年ぶり講演だが私もPCをスタンバイ。対青山高校。9:53に始まったらしい。今日は先攻だ。ときどきリロードして確認していたら結果7対1で勝利。弟によると6回76球。被安打4奪三振3失点0。今日もLINEを送った。
午後は昨年6月以来の薪割り。昨年は都合5本の丸太をそれぞれチェーンソーで半分に切ってから薪にしている。今日も取り掛かったが50cmぐらいで節もあって3本相手に歯が立たず。まず2つに切るのだったと思い出し別の3本を2つに切ってから。電動チェーンソーでは2つに切るのも時間が掛かる。
手斧では中心に入れてもビクともしないので周辺から割っていった。最高気温24度。花粉対策でマスクをしていたから暑くて最後はTシャツだけになった。3本を薪にしたのに丸太が減った気がしない。数えたらまだ38本も残っている。私にとっては運動としての薪割りなのでのんびりやろう。
無線アンテナの設置場所を変えたとしても本当に電波は飛ぶのか。改めて地形図を見た。以前は高い山も山岳回折で越えられると書いたがダイポールでも八木でも打ち上げ角がある。昨年読んだ『ワイヤ・アンテナの製作と実験』によると3エレ八木は高さ半波長つまり3mで打ち上げ角は25度。
東北東の山の狭間の先は羽ノ浦から和歌山の有田市あたり。福川手前の樋口山の尾根は標高360m。距離1.67km。我が家の標高が240mだから尾根は仰角4.1度。電波は軽く上を越えるはず。その先にある坂本向かいの樋口山は標高501m。距離4.7kmで仰角3.2度。それなら有田までは飛ぶだろう。
でも羽ノ浦から有田の人口は少ない。それで北東に向けると淡路の東海上を抜け東大阪まで140km。勝浦三渓の北776mの山は距離8.3kmで仰角3.7度。もっと手前の山でも普門寺裏山が標高365mで距離504m。仰角14度。普門寺裏山の杉が高さ50mあるとして高さ415m。それでも仰角19度。
25度で打ち上げれば山は越えられる。ただ相手が20m高だと到達は理論上82km。大阪まで届かない。でも25度で打ち上げれば1.5km先で標高+700mに電波はあるはずで145km先以上届くことにならないのだろうか。いや届いてもこちらに届かないのか。それこそ山岳回折に期待するしかないのか。
高校2年の甥1が投手で出場する高校野球東京都大会一次予選1回戦。日曜の予定が延期され今日行われた。東京都高等学校野球連盟のサイトから会場は菅生高校で12時半開始と確認していた。組み合わせ表から今朝スコアページを表示させ待機。12時過ぎからリロードをくり返したが更新されない。
妻はトップページから別のページを見ていた。ここは随時更新されている。トップページの表に相手攻撃の1回表に0が入った。試合開始は12:42らしい。1回裏が更新されない。これは攻撃が長いと想像していたら1点先制。2回も同様で1点追加。3回表の相手の攻撃が長い。1点返された。
4回表も長いと思ったら3点入れられ逆転された。この調子で気になって仕方ないがずっと見ていると負けそうな気がしてよそ事をしたり。でも6回に2点と7回と8回に1点ずつ入れて逆転。14:51試合終了。紅葉川高校に6対5で勝った。買物に行った妻にはメッセージで結果を知らせた。
観戦に行った弟のFacebookの投稿によると背番号1で先発し7回まで投げて自責点2の5失点。同点の8回裏に決勝点になる適時打を打ったらしい。凄いじゃないか。次の2回戦は土曜日10時から青山高校と対戦する。甥には直後にLINEでメッセージを送っておいたら「次も勝ちます!」と返信が来た。
カーポートを付けると昨秋単管パイプで建てた無線用マストが邪魔になる。一旦解体して干渉しないように組み立てることは可能ではある。ただアンテナの後ろ半分とカーポートの高さが50cm差ほどになりそうで電波の飛びに影響しそう。3mのパイプを4mにする方法もあるにはあるが。
いっそBBQ場に移せばどうか。でも同軸ケーブルが長くなるし玄関をどう横切るかという問題は解決しない。それなら空中を通すか。この場合アプローチ南に中継ポールが欲しい。いや中継の位置にマスト自体を設置すればいい。歩き道の上空へ20cm以内で被るが高さ2.2mあれば問題ないだろう。
土台をコンクリートで固める必要はある。これまで素人でできる範囲で場所を考えてきたがプロに工事してもらえばいいと割り切ろう。コンクリートを剥いで2mの単管パイプを50cm程度埋めて再度固めるだけなら大した金額にはならないだろう。マストは後からU字ボルトで固定すればいい。
7MHz帯ワイヤーアンテナを張る場合は南側のマストから新設マストに上空を通せば同軸ケーブルはほぼ最短で通せる。この位置なら50MHz帯は6エレ八木でも設置できる。同軸の長さは現マストより1/3の10mで済みそう。何より玄関周りにケーブルを這わさずに済む。いいことばかりじゃないか。
5月の演奏会に備えて「響」Webサイトの更新準備。作詞作曲者とともに演奏曲や指揮者と演奏団体を記す。過去のデータからコピペしたり新規に楽譜から転記したり。これが面倒で1時間以上も掛かった。予定していた消防のビールを急ぎ取りに行き自宅用の焼酎も購入。勧められ日本酒も買った。
詰め所にビール3ケースを運び上げたらS田氏が来て亡き父上の掃除機と扇風機だと言って置いていった。今日は「響」の練習だが天気が悪そうなので17時頃フォレスターを出そうとした。ところがリモコンキーが電池切れ。予備のキーを持ち出したが次にICレコーダーも電池切れ。
急ぎ交換に戻って出発が遅れた。夕食とコーヒー豆を買いに行ったイオンモールで団長が私を見かけたらしいが急いでいて気づかなかった。19時からE川クリニックで「響」の練習。指揮のS伯氏が急きょ欠席で前半は団長の指導で2ステの暗譜を目的にした練習。まだ覚え切れていない。
後半は場所を移してU本氏が合流してピアノ伴奏と合わせる練習。6年前にも歌った「群青」で久しぶりに泣きそうになった。15年前のコンクールで歌った「くちびるに歌を」もピアノとともに歌って一人で感動。皆も意見を出して指揮者がいない状況で有意義だったと思う。楽しい練習だった。
カーポートは一番低いものでいいと思っていたがトランクを開けたとき干渉するかも知れない。調べてみるとフォレスターはトランクを開けた高さ約200cm。エブリイワゴンは約206cm。ちなみに全高は191cmだがアンテナ高が18cm。足して209cm。高さ230cmのカーポートなら問題ないか。
ただ天井は傾斜が付く。低い方だと大丈夫だろうか。スカイリードのWebカタログを見ると高さ230cmのタイプは低い方が230cmだと分かった。一方柱を土地に埋め込む深さは低い方は地下837mmで高い方が620mm。我が家の地下は大石が埋まっているから掘ることができるか不安が出てきた。
と言いつつも付けるかどうか逡巡している。ただ最近H木家が枝などを燃やすと灰が車に降ってくる。山火事にならないように雨の後や小雨のときに燃やすから車には水滴と灰が混在する。乾いていればブロアーで吹き飛ばせばいいが雨で濡れているから結局洗車せざるを得ない。
雨で車が濡れなければいいのだからカーポートは有用だろう。灰自体もだいぶ防げるはず。以前書いた動機に灰を防げることも追加しよう。一方で隣で私たちが焚き火をすることもあり防火の観点も必要。今日も駐車場のあちこち測定したが無線用マストが邪魔になることも分かって逡巡している。
3.4m×5mの畑に堆肥を混ぜ込んだがバーク堆肥は乾きやすいというので晴れた日は午前と夕方に水やりをしている。新しく買ったホースリールが細すぎて今は洗車用のものを使っていて水圧は低いが長辺の中央あたりに立つと全体に水を掛けられる。ただし水量が少ないから時間が掛かる。
そこで新しいものをアマゾンで探したが調べるとホースリールのホースは内径12mmが多い。山水の水栓から2本繋いだホースは内径15mm。昔からある道路をくぐるホースは内径12mm。内径15mmで27m送り続く35mが12mmだ。いっそ道路をくぐる古い内径12mmを15mmに交換しようか。
さらにホースリールは地面に置くからホースを延ばすと土が付く。数mだと面倒だからいちいち巻き取らない。でも洗車で持ってくる前には土は落としたい。それなら内径12mmのホースリールを買うのではなく15mmのホースをフェンスに引っ掛けられるようにすればいいのではないか。
内径15mmだと固くて巻きにくいから長さ15mではなく10mにする。足りなくなれば延長すればいい。と考えてフェンスに取り付けるホースホルダーを発注した。これが届くタイミングでホースやノズルを買って試してみる。さて今日はホースリールを畑から回収し小雨の中だったが洗車した。
「響」演奏会に向けて歌詞を覚えようと楽譜を取り出した。合唱曲はメロディと歌詞は1対1に対応していて覚えやすいが歌謡曲や童謡は同じメロディーで1番2番さらに3番まであったりして混乱する。今日は2番までの「もしもピアノが弾けたなら」の歌詞を覚えただけで終わった。
沖縄民謡も覚えかけたが言葉が違うから頭に入らない。途中からまずはICレコーダーの録音データを整理しようと取り掛かった。1つずつ聞いて重複した短いデータは削除。さらに「くちびるに歌を」は音があやふやなので5年前に階名で音取りしたデータをICレコーダーにコピーした。
夜は消防点検。今日は今や東京藝大学長の日比野克彦氏が来て19年前だかに住民らと作った大きな船の解体前の出港式とかで正副分団長がそのイベントに行っている。妻も以前入っていた町興しグループ1Qのメンバーは町に飲みに行ったとか。そんなわけで参加者はH木氏と私の2人だけ。
鹿子山と中央はそれぞれK山氏とF田氏が事前に点検してくれたのでH木氏に運転してもらい消防車で日浦に。射手座造船所前はイベントのため通行止めで先週葬儀に行ったY田氏宅前の裏道を回った。雨が降る寒い夜。H木氏は点検が終わると帰ると言うので居残らず解散した。
私1人では先週金曜にも散髪ついでに行ったが今日は妻と義母の3人で鳴門の実家に行ってきた。3人で行ったのは1ヶ月ぶり。まず妻が提案してウチノ海公園へ。昨秋はコスモスを見に行ったところに今は黄色の菜の花が咲いている。ぐるりと回って海の方にも行きかけて撤収。
マルナカでは3人と離れて売り場を歩いて風呂掃除用のブラシを買った。畑仕事をすると長靴の底に泥が詰まって水圧の低い山水では落とせない上に泥水が跳ねて顔に飛んでくる。そこで掃除用ブラシ。固い刷毛は理想通り。これをフェンスにフックで引っ掛けておくことにする。
このブラシの会計をしようとするとすぐ後ろに義母が飴2袋を持って並んだ。それならと一緒に会計。実家に寄ってから夕食は餃子の王将に行こうかと言っていたが鳴門市観光協会W辺氏が投稿していた近所の台湾料理店へ。ラーメン屋が撤退して移転してきた店らしい。「八珍」。
1,100円弱の定食を3つと単品の油淋鶏。量が多い上に母の白米も少し食べて苦しくなった。味はまずまず。母は車でシートベルトを締めるのに手に持っていた家の鍵をホルダーに入れようとしたり思い付いたことを一人でしゃべっていたり。 18時半に実家を出たら徳島市内はまだ渋滞。
WeatherNewsは12年前に有料会員になり風速計をもらってから今も月330円を払っている。久しぶりに先日iPhoneアプリで空の写真を投稿した。ついでにポイントを見ると新たに2000ポイントがあり空のLIVEリポート用カメラがもらえるらしい。申し込んでいたら先々週届いた。ATOM Cam 2。
取付金具もアマゾンで探して磁石で付くタイプを購入。先週だがカメラを設定した。iPhoneにアプリをインストールしてカメラはWi-Fiに接続。設定は簡単だったが電源ケーブル2mとWi-Fi入感範囲内での設置が条件。電源がUSBケーブル接続で防水性能に不安だが対策はされているらしい。
外で取付予定の樋に当てたが画角が広い。人が映り込むのを避けるようと上に向けると東は電線が邪魔。南に向けると軒や無線アンテナも映る。とアプリには動体検知で自動録画されていると気づいた。カメラから声も警告音も出せるし手動で録画も写真撮影もできる。防犯カメラの理想ではないか。
空だけ映すにはもったいない気がしてきた。ただ物置も玄関側もカメラを付けるほどでもないし部屋に置いていたら朝日を受けたラックの影に反応したり敏感すぎる。いっそ畑の動物を検知するといいかも知れない。カーポートを建てて電源を確保してから畑に向けて取り付けようかと思う。
昨日の今朝の雨が上がって堆肥の漉き込み。3本フォークの備中鍬では草がすり抜けるので一昨日も今日もトンビ鍬を使った。まず堆肥袋の口を半分切って逆さまに持ち撒いたが重くて5袋で汗だく。耕耘は土を混ぜるだけだから力を入れず淡々と。最後にレーキで均しつつ引っ掛かる草の根を除いた。
さて今後は農地に水を撒くこともあるだろう。そこで畑まで昨秋繋いだホースの先に付けるホースを昨日買って来た。コメリは数が少なく小松島コーナンに行き細い15m。ホースリールにハンドルがなく手で巻き付ける必要があるのは誤算だった。そのうち畑に這わしたままになるのだろう。
元からあるホースに繋ぐジョイントは昨日アマゾンで購入して今日17時前に届き接続した。畑で作業をすると長靴も農具も泥が付く。これは家の裏にある山水の水栓まで行って洗っていたが面倒だし人工芝を汚してしまう。畑にホースがあれば洗ってこられるようにもなる。
ところがH木氏の用水路を通る昔からあるホースが細かったという記憶から細いホースを買って来たが水圧が弱い。洗車などに使っている20mのホースを使っても弱いが畑の対角線まで2倍は飛ぶ。仕方ない。買って来た15mのホースは南の花壇専用にして別のものを探してくることにする。
6日に亡くなった山田武志さんと最初に会ったのはいつだったか。妻は移住4日目のS尾氏宅での宴会だと言ったが違う。2009年1月の地域の宴会だ。多分2月22日の日記にY氏とあるのでこの日も自宅で飲んだと思う。妻は彼が下ネタを話したときに笑ったら「エロはいけますか」と訊かれたらしい。
3度目が産直市建設ボランピアの3月8日だと思う。武っちゃんは阿波晩茶の通販サイトを自前で作っていたしPCでCADソフトを使って設計も旋盤で金属加工も溶接もする。妻によると私は「武っちゃんは僕のヒーロー」と東京出張中の妻にメールしたらしい。何でもできて優しいエロいおっちゃん。
3月15日のボランピア後の宴会で一緒にいる写真があるし3月29日の宴会でも会った。一緒に飲んだ日を上げればキリがない。棚田で米作りをしているときは軽トラと草刈り機も借りている。晩茶干しの手伝いにも行った。私が草刈り機を買ったときは武っちゃんのアドバイスに従った。
鹿よけネット張りを手伝ったこともある。読み直すたびに武っちゃんの優しさを思う。J社で同僚だったS野嬢が上勝出身だと聞いたのも武っちゃんからだった。彼女の兄上が山の事故で亡くなり通夜に行ったとき武っちゃんとK浦氏が2人並んでうなだれていた姿も忘れられない。
畑を耕し有機石灰を撒いてから10日なのでバーク堆肥と牛糞堆肥をコメリで買って来た。堆肥は炭素窒素(C/N)比が重要らしい。土の中の微生物が炭素をエサにするとき窒素をエネルギーとして使うというYouTubeの説明が分かりやすかった。C/N比が高いと窒素が不足して植物が育たなくなると。
C/N比は木の皮が原料のバーク堆肥が22。牛糞堆肥が約18。15~20がバランスがいいらしいので高すぎるわけではない。畑の面積は四隅にポールを打ち計ると短辺が平均3.4mで長辺が5m。17m2だった。用土の1~2割という説明があり1m2で10cmの深さとすると100L。1割が10Lで17m2で170L。
1袋40Lだから4袋。バークと牛糞の比は2:1から1:1という記述があって面積9m2だと思って40Lのバーク堆肥3袋と牛糞堆肥2袋を買ってきた。今日はまず雑草を除こうとまた耕し始めたら17時半まで3時間。ネットにはバーク堆肥は2~5L/m2で初回10L/m2という説明もある。3袋で7L/m2になる。
一方で牛糞堆肥の袋には10aあたり40~60袋とある。1aは100m2だから17m2だと0.7~1袋。40Lで10kgだから0.4~0.6kg/m2に相当する。一方ネットには2~3kg/m2という説明もある。2袋を撒くと4.7L/m2で1.2kg/m2。0.4kg/m2から3kg/m2まで情報には差があるが2袋を撒いてみよう。
5月の演奏会に向けた「響」合同練習で八万中央コミセン。第2駐車場に駐めると女性たちが次々歩いている。駐車場係S藤君やO川君と話して12時半。四国中から集まった80人でまず混声の練習。指揮は高校の先輩で合唱連盟理事長N居氏。ピアノは母校合唱部を部員1人から再興してくれたU本氏。
最前列に座り昨年12月に歌った2曲と今日で2回目ぐらいの3曲をときにボイスレコーダーに録りながら。15時に混声は終わり次は男声の合同練習。6年前に一緒に歌った鳴門の合唱団潮さんや一般公募の方ら40人ほどいた。指揮は佐古小の我がS伯先生でピアノは6年前と同じ鳴門のO井さん。
徳大医学部を10年掛かって卒業し今は千葉で医者をしているY下君が44歳と聞いて驚愕。44歳でも君は君だよねと言ったら「響」で歌うと20歳代だったあの頃に戻ると答えた。高校合唱部の同級生旧性K木嬢の息子で彼が大学時代に一緒に歌っていたN濱君も東京から来たが最初は誰か分からなかった。
15年前に一緒に歌っていた若者は皆が太ったり痩せたり。今や徳島大学の学長K村先生も来てくれた。空港で偶然会ったり昨秋の演奏会にも来てくれていたが一緒に歌うのは10年ぶり以上。昔の仲間に何人も会えてうれしかった。帰りはやまなみ珈琲でコーヒー豆200g買って18:20に帰宅。
6日1:31に亡くなった山田武志氏の葬儀。次々と車が向かっているのが見える。あらかじめ許可を得ていた高鉾建設に車を駐め坂を歩いて自宅へ。庭に向かって祭壇がある。彼の従兄弟K浦氏からも声を掛けられ私たちも座敷に上がって顔を見た。母上K美ちゃんが「こないになってもたんじゃ」と。
最後にありがとうと言った。喪主の長男S太からは座敷に上がる段を作ったと自慢されて。10時からの式では2列のパイプ椅子の後ろイマジンの隣に立った。鉄骨で崖上に作った鉄網の上だから寒風が吹く。焼香台の左に置かれた白い長靴を見て涙。郵便バイクでも彼と分かったトレードマークだ。
参列者は150人ぐらいいたか。8割ぐらいの人は知っていたと思う。出棺の前にK美ちゃんが「よう頑張ったな」と言っているのを聞いてまた涙。出棺はほぼ先頭で見送った。家に残るのだろうK美ちゃんが霊柩車から離れられない様子。電話をくれたT中氏が先頭で見送って泣いているのを見てまた涙。
闘病7年と聞いた。もう2年ほど前だったか薬が効かなくなったとK美ちゃんからは聞いたが本人は全く病気のことを口にしなかった。武っちゃんの優しさだ。エロ話が好きで自分の失敗談で人を笑わせ絶対に喧嘩をしない楽しく明るい人だった。夕方も表で妻と想い出を話してまた泣いた。
注文したセンサーライトは昨日届いた。カメラもソーラーパネルの向きも変えられるタイプ。一緒に届いた取付金具に付属のボルトナットで何度か試した末に固定した。当初はエアコンホースカバーを考えたが壁との隙間がないし西面だから日が当たりにくいと考え断念。
南面の縦樋だと高すぎると軒で日が当たらないがライトは西の物置にも向く。そこで脚立に乗って縦樋の高さ2.3mに取り付けた。ステンレスバンドが長くてねじ込むのに1本あたり10分以上。寒風が吹く中だったが何とか思い通りに設置できた。夜になり見に行くと人感センサーでしっかり作動。
夜は弱い赤ライトが常時点いていてセンサーで明るくなる。その後1~2分弱いライトが点いていた。正面から照らす元のライトも壁に光が反射するから意外に明るかったと分かった。山水の水栓は木の陰になり相変わらず暗いが仕方ない。南西からも南東からも光が当たるから防犯にはなるだろう。
取付金具のおまけ防犯ステッカーは1F窓に内側からテープで貼った。今日は午後から散髪。普段は偶数月の月末に行っているが2月は行きそびれた。14時半に行き16時過ぎから母の買物支援でマルナカ。現金の預け換えで三菱UFJ銀行に寄って妻の確定申告書を税務署の夜間ポストに投函。19時帰宅。
18時過ぎに地元のT中氏から電話。まどろっこしい言い方をしたが山田武志さんが亡くなったと。63歳だったはず。日赤に入院しているとは聞いていた。先々週火曜に日赤1Fのローソンで母上K美ちゃんに似た後ろ姿を見た。消防団は今年度で退団し急きょ監査役も下りたと2月の総会で聞いた。
自宅に作ったカラオケ部屋に行ったのは昨年6月。その翌々日にも一緒に飲んだし6月29日にも宴席に来てもらった。16年間で何度も何度も一緒に飲んだ。昨年12月には年賀状を申し込んで何度か会った。郵便配達に来てくれるたび私が表に出て立ち話をしていた。最近も会っていたような感覚がある。
最初は彼のブログに写り込んでいたSkypeで呼び出したらボランピアに誘われたのだ。16年前だ。あるとき休憩時間に溶接用鉄仮面を持って遊んでいたら武っちゃんは高さ2mのパイプに上がって手で目を隠しながら溶接作業を始めていた。返せと言ってくれればいいのに彼の優しさに感動した。
我が家で飲んだときは24時に必ず帰った。彼は私と付き合ってから地元のグループに参加するようになったと誰かから言われたことがある。私は地元の方がどう考えるか武っちゃんを基準にしていた。この日記サイトの数少ない読者でもあった。一緒にいると楽しかった。武っちゃんありがとう。
10時に神社。祈年祭である。いつもの太夫は転んで頭を打ち入院中だとかで50歳ぐらいの大きな人。だんじりでは私の大鼓が1人。小太鼓も小鼓も1人。新しい太夫はやり方が少し違うが声は朗々として太鼓も響く。神社総代は退院してきたY中氏がいるがN峰氏が急用で出てお供え物の中継を担当した。
御神酒とビール1本で退出し夜は日を間違っていた「響」の練習を休んで町長選立候補者3人目の酒井氏の説明会に妻と参加した。10人いたか。Y木嬢N野嬢S藤嬢O氏は3回連続。有機農業A部嬢。若い女性2人は知らない人。知らないと思っていたもう一人は前にも話したことがあるY田嬢だった。
最初に議員活動など30分間の説明。対話と協調とか教育と福祉や縦割り行政の打破など抽象的な話から徐々に災害時の民間協定だとか農業の法人化とか苗工場や障がい者就労施設などの具体的な話。妻が最初に質問したがメールなどはできるが苦手とか。私の質問に答えてSNSは怖いと。
公共交通で自動運転車について否定はしなかった。田中氏の印象を訊くと公務員らしく実直。花本町長は隣のいいおっちゃんだがトップの資質はないと。消防団の年末警戒不要論をぶつけると期間時間は要検討と。全体的に目線が低く対話姿勢は一貫していて嫌みはない。印象は悪くなかった。
「響」の演奏会では舞台衣装としていつも礼服を着る。手持ちの黒服は東京の洋服の青山で18年前に買ったもの。当時は太っていたのだろう。腹回りがダボダボで不格好。スラックスの上げた裾がほどけて垂れ下がり何年か前には妻に縫ってもらったことがある。5月の本番を前に買い換えたい。
それでfromGに15時。ここで5年前にスーツを作った。「白神直之を偲ぶ会」は当時の計画では立食パーティ形式だったはずだが正式な演奏会に変わった。おそらくスーツより葬儀でも着る礼服の方が使用頻度は高いと思う。雨の中を出掛け2月分の源泉税を納めてから助任のWITHビル。
5年ぶりとは言え2回目なので雑談しながら。生地はオールシーズンのポリエステル1%でやや光沢があるタイプにして細かな点は基本的にフォーマルに寄せた。採寸すると5年前と比べ胸囲は98cmで変わらずウェストは79cmから82cmに増えた。ヒップが90cmから92cmになったのは筋トレの成果か。
パッチを穿きたいから大きくしてと注文したが静電気もあるから止めてくれと。でもヒップは1サイズ大きい94cmにしてもらった。さて昼食後にグミを食べていたら歯の左下4本目の被せ物が取れた。fromGを出て駐車場から電話して藍住のゆめタウン。急きょU宮氏に歯を直してもらった。
鍬を買ったとき美馬商事の若い士から盗まれないよう気を付けてと言われた。農具の盗難はときどきあるらしい。そう言えば草刈り機を買ったとき美馬商事の父上である大将からも注意された。鮎を釣っている間に駐めてあった軽トラの荷台からチェーンソーを盗まれた人がいたらしい。
草刈り機は鍵を掛けた物置の中に入れているが鍬はオープンスペースにある。わざわざ我が家から盗む人がいるとは思えないが物置は玄関前を通らず行くことができる。警告だけはしておこう。というわけで防犯カメラ作動中というマグネット式のステッカーを物置に貼った。防犯カメラはないが。
防犯カメラは不要だがダミーでも付けようかとアマゾンで調べ始めてセンサーライトを付けることにした。物置の脇に1台設置しているが物置の中を照らさない。凍結防止で山水の栓を開けに行くと正面から光を浴びて眩しいのに手元が暗い。上から物置を照らせるように取付金具と一緒に発注した。
午後はA社とTeams会議。Webカメラが不調でUSBを抜き差し。とマウスの挙動もおかしい。裏でスパイウェアが動いているのかと疑ったがマウスの電池切れだった。以前は電池が切れるといきなり動作が止まったからマウスが原因とは思わなかったが昨年8月に買い換えていたのだった。忘れていた。
先月号から参考にしている町広報誌折込の営農情報に今月はスダチの剪定と消毒の記事があった。葉に日が当たるように3月中旬までをメドに剪定するといいとある。それで午後取り掛かった。腐った枝や中途半端なものも遠慮なく伐った。見た目は変わらないが2割ぐらい減らしたと思う。
続いて昨日までに耕した畑で元から生えていた草を除けた。枯れて欲しいので根が掴んだ土を払い落として畑の外へ。枯れたら畑に戻して漉き込んでもいいと思うのだが。作業をしていると軽トラで通りかかったY田K美ちゃんに「耕運機貸したげるでよ」と声を掛けられた。まだ人力でやります。
次に川の石拾い。敷地南には1m高い歩き道がある。表面はコンクリートで固められているが下に空間ができている。1mの高さから我が家の敷地に向かって斜面であって何十年もかけて土が流れたのだろう。支障はないが気持ち悪い。いつか土を詰めようと思っているが流れないよう押さえが欲しい。
レンガを考えたが金は掛けたくない。と石ならタダだと思い付き裏の川に下りた。両手でやっと持てる大きな数個を含む40個ほどを拾った。工事はおいおい。さて岩手の大船渡で5日間燃え続ける山火事が気になって仕方ない。我が町でも起こりうることなのだ。上勝では今日雨が降って一安心だが。
新しく買った鍬を物置のオープンスペースにどう置くか。雨に濡らしたくはない。先を上にして引っ掛けられればベストで実家から回収した八木アンテナのブームが使える。ポールの手前から掛けると外れたとき鍬の先がこちらに向かうが向こう側に下から掛ければ安全。そう気づいて昨日試した。
ポールを物置手前と奥で吊るならねじりS字フックが必要だがいいものがない。手持ちのフックを右に掛けたが壁が近すぎる。天井の桟に紐を掛けようとしたが通せず。結局手持ちのS字フックを桟に掛けた。さらに月末の記帳で勝浦まで行って美馬商事で昨日は草を土ごと削ぐ三角ホーを買った。
今日は畑仕事の続き。東に広げて耕した。南にも少し拡大して2.5m×4.5m。西は木の根が埋まっているから諦めて奥に行く道にする。有機石灰も撒いた。必要量200~400g/m2というが先日の油かすと同じ20kg袋だから容量は似ているだろうと目分量。計算を間違って少なめ2.5kgぐらいを撒いた。
さて今日午後は元町議O本氏が奥様と来て「迷惑を掛けました」と。議長宛に匿名で飲酒運転が通報され辞職したのだが次の町議補選に出る噂があると言う。2月の消防点検でO本氏の辞職の経緯を聞いたとき再出馬しないのかと私が訊いた。皆は否定したがこれが噂の元かも知れないと4人で大笑い。
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© 2025 Takashi INAGAKI