2010年3月
マイクロソフト日本法人(MSKK)で10年に渡って社長を務め投資顧問会社インスパイアを創業し現在は実質的な早期リタイアをしている成毛さんをツイッターでフォローしていたらフォローを返してくれた。1万人以上にフォローされていて社会的影響力を持った人だ。
私のJ社時代の後半我々に襲いかかった敵方の総大将でもある。だからこそどんな人物か興味を持ってMSKK退職後に書かれた本や寄稿はいくつか読んだ。今は成毛さんの考え方に大きなところで共感している。そして最近ツイッターで思わず成毛さんの発言をリツイートした。
「社長は30代・40代じゃないとダメ。なので交代しましたよ 」に対し「世の社長たちは成毛さんを見習え、と言いたい」と。それに対してBCN元編集者のMさんや週刊ダイヤモンドのFさんがそれぞれ絡んでくれたが言いたいことは前に書いたのと同様だ。大学時代の友人が私の意図を汲んでくれた。
khunisonのツイートを引用する。「ダメ上司(特にまわりからは優秀とされている人)の問題は、過去の経験に囚われていること。限られた条件下での成功体験を部下に押し付けようとして、できないと若手のせいにする。20年前のビジネスモデルが、今も通用する筈ないのに。」自戒を込めて。
長く広報の仕事をしてきた私は新しい事業や商品発売やサービス開始を発表するのはメディアを優先するものだと思っていた。株価に影響を与えるような発表はメディアに出さないといけない法律があるはずだし普段の付き合いもあるから広報はメディアを第一に考える癖が付いている。
今日は日中外出せずツイッターに導かれてソフトバンク(SB)がツイッターユーザー2000人を招待したイベントのUST中継を見ていた。何か発表があるのかという誰かの問いに懇親会だから発表はないはずだと私は答えていた。そして裏切られた。孫さんは新サービスを次々と発表した。
SBの事業全体にとってみれば大きな発表ではなかったかも知れない。発表の場には記者も招待されていたのかも知れない。それでも日中に生中継で見たニュースを夜になって日経BPやITmediaが配信している間抜けさ。メディアの存在価値を揺さぶる事件だと私には見える。
10年前に同じことをやったらメディアから大クレームを浴びたと思う。今もメディアに抵抗感はあるだろう。それでもユーザーに直接語りかけるツールを手にした企業。その最先端の使い方を見せつけるSB。時代を変えていくベンチャー魂に感心し私自身が頭を柔軟にしないといけないと反省した。
水曜夜は徳島に行って米国から帰国したU氏と会った。この日記を検索すると前回会ったのは11月30日だったようだ。私の体調は本調子ではなくビールを飲まなかったのでノリが悪かった。代わりに妻ばかりがしゃべっていたような気がする。そこで話をして思ったこと。
その夜ツイッターでジャーナリストの佐々木俊尚氏もよく似たことを書いていた。それは若者の考えは私たちの考えよりも正しいということだ。もちろん内容によるだろうし人にもよるだろう。それでも社会をどう見るかという点で私は20歳代の若者の方が相対的に正しいことが多いと思う。
私の20歳代前半の頃。政治や社会についてそれなりに意見を持っていたと思う。そして社会一般の見方とは違うと意識しつつどこかで自信があったような気がする。そのモノの見方は感性によるものだと思っていてその感性は個人に帰属するより年齢による方が大きいというのが私の意見。
今の私と20歳代の若者では価値観が違う。彼らの考えに違和感を持つことは多い。それでもこれからの社会に求められるのは若者の考えの方だと思っている。だから若者は自分の感性を信じるべきだ。そして私は若者の感性を理解するだけの柔軟さだけは持っておこうと思っている。
月曜の「響」の練習帰りに食べた中華料理が悪かったのか深夜に何度も目が覚めトイレに駆け込んだ。咳はまだ残っているが今日は遅くなってビールを空けた。1週間ぶり。先週月曜の消防点検後に飲んだら頭痛で深夜に目が覚め控えていた。2月27日以来24日間に1日だけの新記録。
今晩は妻に来客があって話し込んでいるので私はネットブックにUSTREAMの設定を行った。USTは誰もが放送局になる仕組みを提供している米国のサービス。YouTubeのリアルタイム版。先日ソフトバンクが出資して話題になった。ツイッターとの相性がよく方々で「放送」がされている。
ソフトバンクの出資発表のときは当のUSTで「放送」されたことに感動したし身近ではUST「放送」している喫茶店も現れた。こんな新しいサービスは自分でやってみないと分からない。そこでデスクトップPCでの設定に続いてネットブックでも設定したのである。
ネットブックには内蔵カメラがあるが内向きなので外部カメラを接続した。ドライバー設定に手間取ったが「放送」実験はあっさり終了。ただし問題は音声にあって外部マイクを接続しないといけないだろう。それでもネットで個人がリアルタイムに「放送」ができる世界。凄い時代なのだ。
話題のNHKスペシャル「激震 マスメディア〜テレビ・新聞の未来〜」を見た。「響」の練習から帰ってツイッターを見ていたら私のタイムラインはNHKスペシャル一色で。番組をネタに討論しているUstream中継を先に見てしまい番組を録画していることを思い出した次第。
ツイッターでは議論の内容に批判的な意見も多数あるが基本的にあの時間で一通り形になったことにNHKにうまさを感じた。ただしやっぱり物足りない。メディアかネットかという対立ではないのは確かだが深みが足りない。時間制限の上に双方がお互いのことを知らなさすぎるとも思った。
その上で私には佐々木俊尚さんの意見が最も真っ当に聞こえる。新聞やテレビは信頼されていることを主張するが実際のところは違う。信頼されていると思われているにもかかわらず意外に間違っているし権力のチェックを期待されているほどしていないのにしているつもりだし。
新聞やテレビがなくなるとは思わないしそれは困るが日経のようにWeb上の記事が有償になれば自由に読めなくなるわけでネット読者にとっては逆に今が最も恵まれた時代かも知れない。それでも独自性のない横並び記事がほとんどだから1社が有償化しても困らないような気もするし。
上勝町に今年できた住宅展示施設「くるくるハウス」の庭で今日1日だけ薪ストーブを使った野外レストランが開かれた。妻は午前中から行き私は午後になって出かけた。先日来ツイッターで親しくやりとりしていたyukaさんも参加していて会って来ようと思ったから。
そのツイッターを見ていると妻やyukaさんのツイートを見てイベントを知った人たちが徳島市から何人か来ているのが分かった。中には画像をアップロードしている人もいるしUstreamで動画中継している人もいる。よく見かける名前の人たちなので彼らとも会ってみようと思った。
着いて早速ご挨拶。上勝に住むツイッターユーザーが私と妻を入れて多分4名。徳島市から来たツイッターユーザーは4〜5名。徳島市の人たちは初めて会う方たちだが何人かとはその後iPhoneの使い勝手を教えてもらったり長く話をした。ネットで知り合いリアルに会うまさにオフ会である。
オフ会。最初の記憶は中学のとき。アマチュア無線仲間の高校生らと板野駅で会ったことがある。J社時代はパソコン通信NIFTY-ServeユーザーのJ社見学会をやった。数年前にはその当時知り合った方と東京で再会したり。友だちが広がるオフ会の面白さを久々に感じた1日だった。
上勝町でテレビ番組はCATVであるテレビトクシマが配信した有線放送を見ている。見られる番組は地上波とテレビトクシマの独自チャンネル。それに民放のBS放送とNHKのBSハイビジョンを見ることができた。2週間ほど前までは。それがBSが突然見られなくなった。画面は砂嵐である。
もしかして我が家だけかと思っていたが昨夜話をした地元のF氏宅でも同じだと言う。F氏は電話で問い合わせたそうだ。そしたら今までがサービスで提供されていたものに過ぎないとの回答だったらしい。だが事前の告知もなく事後の説明もない。いい加減なものである。
有線放送は光ファイバーで配信されている。光ファイバーでプロバイダ機能を提供しているのはNTTだ。NTTのサービスは「安かろう悪かろう」だと前にも書いたが月2,700円でテレビも見られているわけだから有線放送のサービスも結局のところ「安かろう悪かろう」だった。
最悪なのはプロバイダとしてのNTTもテレビトクシマも他に選択肢がない独占企業だということだ。サービス業とは思えないこの2社が嫌なら私は上勝町を出て行くしかなく彼らの振る舞いは独占市場ゆえの弊害と言うしかない。徳島の企業はこんなものかとも思うがだとしたら何とも情けない。
ツイッターを始めて自分の興味がどこにあるのかよく分かった。ツイッターはさまざまな人が自由に発言しているが誰の発言を読むのかは自分で選択する。読む相手を設定することをフォローと呼ぶが私がフォローしている人は徐々に増えて現在約150人。
直接の友人または会ったことはないが徳島関係の人が併せて55人ぐらい。残りの100人弱の内訳を見れば私の趣味が分かる。ジャンルの一つは政治とメディアの関係性。次にジャーナリズム論。著作権を巡る動向。さらにITの最新技術と社会への影響。
それぞれのジャンルはオーバーラップしているから厳密に分けられるわけではない。でもIT技術に関する興味は我ながら意外だった。ツイッターそのものにしてもITの新しい世界であって社会に影響を与えるもの。こうした新しい世界に興味を持っている私。結局のところ私の本籍はITなのだ。
一方で私のツイートは一貫していない。上勝のことや徳島の日常もあるし合唱のこともある。ジャーナルズム論や著作権関係のことをリツイートすることもある。本のことや単純なコミュニケーションもある。全く知らない150人にフォローされている私。こんなんでいいんだろうかとときどき悩む。
火曜日。レンタカーのハイエースを東京から3人交替で運転して帰ってきた妻らを徳島市に迎えに行った。レンタカーから荷物を積み替えTちゃんの弟さんの車と分乗して一旦Tちゃんの実家へ。そこに駐めていた妻の車に荷物を積み替え2台で上勝に帰ったのは20時半頃だったか。
その上勝への道中。東京から昨年移住した元TVディレクターK氏と話をしていて東京と上勝の空気の違いを思った。何かと言えば東京に行くと頭がフル回転することについて。実は昨年12月に東京に行ったとき感じたことなのだがK氏と話をしていてその理由が少し分かった。
なぜ東京にいるだけで頭の回転が速くなると感じるのか。常に考え判断しているからだと思う。空港に着けば次の行き先と時間を踏まえて京急かモノレールの選択をし京急の場合は行き先と急行かを確認し電車に乗れば周囲に注意を向け乗り換え駅を考える。常に先先を意識している。
通勤でも電車の乗り口やら人物観察なり常時判断しているように思う。これが徳島では全くない。車に乗れば道路状況に注意を向けるが道路は片道1車線であってただ前の車に付いていくだけ。県道を常時80km/hで走れば頭は回転するだろうが。せめてツイッターで刺激を与えておこう。
同じ住宅に住むS氏がVHSビデオデッキを貸してくれた。元はT氏から頼まれたダビングに使ったのだが我が家のVHSデッキが壊れているのでこの機会に古いVHSテープをHDR経由でDVDにしている。HDRからDVDは速いがVHSからの取り込みは時間がかかって大変。
手元にあるVHSは10本弱で妻のものばかり。古いのは1996年のトリイユキのファッションショー。衣笠祥雄さん桂文珍さん舛添要一さん奥田瑛二さんら有名人をモデルにしたもので出演交渉から進行まで妻が仕切ったらしい。舛添さんは政治コメンテーターと紹介されている。
妻が手がけた仕事で何度も話を聞かされていた香港での資生堂の新製品発表会も。このときはPR代理店プラップ・ジャパンの社員として資生堂で奮闘する若い女性社員に刺激を受けて共闘したらしい。中国返還直後1999年の香港。全編英語。こんなところでのイベントは大変だったろう。
ほかに六本木ヒルズのパークハイアットであったフランスの高級ジュエリーブランド「ブシュロン」のパーティ。これも妻の仕切り。木村佳乃さんを迎えフランス語交じり。私も日経のK記者とパーティには行った。10年も前。妻の大切な仕事の思い出をデジタル化できてとりあえずホッとしているところ。
土曜日。東京に向かう妻らの荷物積み込みを少し手伝って徳島。昔の勤務先の近所にできた「ふれあい健康館」なる施設へ。4月にある合同演奏会の今日は最後の合同練習。四国各県から合唱団が集まり作曲家・松下耕氏の指導を受ける。13時から17時まで。
前回の高松で録音してきた音源を聴いているので音はだいたい大丈夫。でもリズムが分からないところが何カ所か。音楽は気持ちを作ることがベースだと松下耕氏が言う。気持ちを作り歌詞を理解しその上で技術があるのだと。技術の乏しい私などは大いに共感。
谷川俊太郎の歌詞は最初はつまらないと思っていたが歌い込んでいるうちに少し感動するようになったりしている。さてこの日は昼食にラーメンを食べたら汗をかいて車で冷えた。歌っている最中に寒気が走って風邪のぶり返し。歌う最中に咳も出るし。
それで今日は町内一斉清掃を欠席してツイッターに張り付いた。「上勝」で検索するとマルシェに行った人の情報が入ってくるもので。個々にリツイートしたり返信したり。お買い上げいただいた皆さまありがとうございました。販売もツイッターも新しい試みだったわけだが総括はまた改めて。
2月26日(金)夜に来客がありビールを飲んだら気分が悪くなった。風邪だったんだろう。普通に座っていられなくなって早々に寝た。夜の早い時間に寝たので変な時間に起きてそこから睡眠時間がおかしくなった。先週は朝寝て夕方起きるような生活が続いた。これも一種の睡眠障害か。
最も酷かったときは朝7時に布団に入るものの寝付けず9時過ぎに眠り日が暮れた頃に起き出してきた日があった。それでも睡眠時間は確保しているので体は元気だったが食事もめちゃくちゃになるしさすがに良くないと思い矯正を図ったのが今週になって。
日中はがんばって起きておき夕方になって寝るようにし寝る時間を徐々に遅らせた。普通に起きると深夜になるので無理して横になったまま朝まで我慢。ようやく昨日になって23時就寝と常識的なところまで就寝を遅らせた。そして特筆すべきはこの間ビールを全く飲んでいないこと。
風邪で微熱があった日もあるし咳が出て苦しいときもあって何より睡眠時間がめちゃくちゃだからビールを飲まなかったのが何と2週間。3日ぐらい飲まないことは年に1〜2回あるし1週間ならあったかも知れないが2週間は20年間で初だと思う。禁酒もう少し続けてみるかな。
大学を卒業して1年目だったか当時博士課程の大学院生だったT氏から日本音響学会の論文集が送られてきた。私たちの卒業研究を引用した研究論文を発表したらしい。その論文の引用欄に私の名前と卒業論文のテーマが書かれていた。引用されただけだが少しうれしかった。
最初の結婚式にはW助教授(当時)に来ていただいた。「研究者として大学に残って欲しかった」とリップサービスとしか思えない挨拶をいただいた。私自身大学院に進学することは考えたこともなかったし実験をして論文を書くことには苦しんだし。でも実は学術研究は嫌いではない。
私たちの卒業研究は京都寺町に回路材料を買いに行くことからスタートした。コイルは直径2cmほどの塩化ビニールパイプに銅銭を巻き付けた自家製。20cm角の基盤に回路を組みコイルとコンデンサをハンダ付けし基盤を20枚ぐらい連ねた。基盤には遊びで絵も描いた。
単純な電気回路だったが私たちの研究には十分だった。数式を使った理論計算は相棒の大道正徳君がPC-9801VMかVX上のN88BASICでプログラムを書いてやってくれた。論文執筆はもっぱら私が一太郎で書いたような気がする。その卒業論文をどこにやったか。最近の気がかり。
昨日の日記を読み返すと私は面白いことを言っている。新聞やテレビのニュースを見るならネット情報も併せて読むべきだと。こんなことは3ヶ月前なら言っていなかったと思う。ネット情報は玉石混淆であって間違いも多く信頼できる情報で確認するべきだと思っていた。
もちろん今もネット情報が玉石混淆であることに変わりはない。今日は著作権に関する考察を書いたブログを鵜呑みにしたかアニメオタクの腐女子と思われる人が著作権法の解釈で間違った情報をツイッターに流して各方面から叩かれているのを見た。
つまり自分が十分な知識がないままに真に受けてはいけないということだ。メディアリテラシーが必要なのだ。ネットを読むときは。そして新聞を読むときも。ではなぜ今になって私はネット情報への信頼を急速に増したかと言えば多分ツイッターの仕組みへの信頼ではないかと思う。
まず書いている人の実名が出ていること。匿名の人もいるが過去の発言を見ているから信頼度の判断ができる。それに例え間違った情報でも問題が大きければ修正なり反対意見がどこからか流れてくる。読売や朝日など大看板の中の匿名記者の方が信頼度は劣るということなのだ。
私は警察署で供述調書を取られたことが何度かある。最初は1989年だったと思うが新潟県長岡警察署だった。著作権侵害の刑事事件で原告としてだったか鑑定人としてだったか。狭い3畳ほどの取調室で刑事さんと向き合い質問に答えた。
そのシーンを今も覚えているが確かに刑事さんは私から聞いたことを一人称で作文していった。つまり刑事さんが書いているにも関わらず「私は○○社の社員で社長室に所属する氏名○○です」といった具合。B4横置き縦書きで3枚ほど全編一人称だ。最初は違和感を持った。
ツイッターを読んでいると冤罪の原因はここにあるのではないかと指摘する人がいる。警察官も検事も供述調書を作成した個人は全く表に出ることなく組織の中で責任が問われないからと。週刊朝日が検事の個人名を書いたところ編集長に出頭要請が出たのもそのせいではないかとか。
民主党幹事長の土地購入疑惑で検察は不起訴にしたがその捜査過程で東京地検が議員秘書の女性を長時間監禁したと週刊朝日だけが報じたらしい。捜査手法の是非や犯罪性について私は分からないがマスコミ情報だけでは本質を見誤る。ネット情報は欠かせないとだけは言いたい。
竹中ナミさんはITで障碍者の自立を支援しようと活動している社会福祉法人プロップ・ステーションの理事長である。通称ナミねぇ。彼女を最初に知ったのは20年も前だがエネルギッシュな人で折に触れ彼女の名前を聞く。最近ツイッターで見つけて早速フォローした(@nami_takenaka)。
なぜツイッターで彼女をフォローしたかと言えば障碍者団体向け郵便料金割引制度を悪用して現職官僚らが起訴された事件でナミねぇの発言が際だっていることを知ったから。この件ではジャーナリストの江川紹子さん(@amneris84)も積極的に発言している。
最近2人の傍聴録をまとめたサイトを読んだ。併せて読んで欲しいと書かれてあった産経新聞の記事も。今となってはそのまとめサイトが見つからないが別のブログを見つけた。弁護側証人である石井一代議士の証言を記述した部分だが傍聴録と新聞報道では受ける印象が全く違う。
起訴された厚労省の村木厚子局長はツイッターの論調では冤罪だ。一方で新聞は大阪地検特捜部の立場で報道を続けている。どちらが正しいかは判決が示すはずだがマスコミ報道を信じるのは危険だと思う。新聞やテレビを無視せよとは言わないが見るならツイッター情報も併読すべきだ。
大学でソリトンという波動を卒業研究に選んだ。その経緯は忘れたが今は教授になったT氏が大学院博士課程のときに私たちに提案したのだと思う。本当はW助教授(当時)が担当だったはずだが実質的にはT氏が私たちの指導教官のような役割だった。
その大学院生だったT氏に連れられて京都大学での学会発表に行ったことがある。確かソリトンについて横浜の大学から来た人が発表していた。T氏によると日本でソリトンを研究しているのは私たちを含めても多分10人強だと言っていた。超マイナーな研究テーマである。
研究室の主流は音響工学であって非線形音響の派生テーマとしてソリトンを扱った。改めて調べると音圧170db以上は衝撃波理論となり120dbから170dbが非線形音響の範囲らしい。典型例はジェット機から聞こえるキーンという高音。あの音は波形が歪み振幅の大きな音が速くなるからとか。
研究室の大半の学生はスポットスピーカーを研究していたように思う。2つの超音波の差分を可聴域周波数とすれば差分の音だけが聞こえるという理屈。美術館で絵の前だけで聞こえる解説という応用例が考えられていた。現在の応用技術がどの程度なのか興味があるのだが。
坂野靖志さんと話したのは今年1月4日の消防出初め式後の宴席だけだった。私が地域に融け込むきっかけを作ってくれたY氏から大親友だと紹介された。妻は昨年日和佐から海釣りに連れて行ってもらったとき一緒だったらしい。K氏からは彼が一番信頼できると聞いたこともあるそうだ。
でも彼のことは前々からY氏に聞いて知っていた。彼の妹のことを知っているんじゃないかとY氏に言われて。そう。妹さんとはJ社時代で同僚だった。私が上勝に住んでいることはJ社に電話を掛けて彼女には伝えた。彼女のご主人とも元同僚であって最近ツイッターでフォローし合っていた。
彼女の実家は人口たった360人147世帯の私と同じ地区。彼女が帰省すれば私の家の前を必ず通る。だから彼女とはそのうち上勝で会うだろうと漠然と思っていた。そして12年ぶりに会ったのは確かに上勝の彼女の実家ではあった。でもそれはお兄さんのお通夜の席だった。
その日は熱があった。消防点検は休もうとツイッターに書いたらY氏が読んでくれ彼も休むと言う。それで知った。その直後にはご主人からツイッターで連絡をもらった。私が大事に思う人が大事に思っていた人。坂野さんとはこれから何度も一緒に飲むだろうと漠然と思っていたのに。
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© 2010 Takashi INAGAKI