<Diary Index Page> 2020年4月
1990年の出張報告書を読んでいると頻繁にA社で会議をしている。企業内コピー対策委員会だとかワーキンググループだとか幹事会にも社長の代理で出ていたから週に2回ぐらいか。A社の当時の代表でT&Eソフトの横山社長が秋葉原ワシントンホテルに泊まっていたから夜はロビーに行くこともあった。
他社の方々は通常業務が終わってから集合するから会議はたいてい夜だった。終われば食事に行くこともある。秋葉原では大したものがないので御徒町とか湯島とか上野まで歩いて行く。A社のK氏に連れられてもつ鍋を初めて食べたのは不忍池を越えた上野だった。御徒町のネオン街にも行った。
今もあるビジネスコンピュータニュースの営業トップ吉若さんとネオン街で会ったこともある。パソ協からの独立を協議している裏会合の頃で業界紙の人に会って少し焦った。当時は秋葉原が便利だからと中央通りから東に入った裏通りにある小さなホテルに泊まることが多かった。
小さなフロントに老人が1人。門限があり24時までだったか。朝は早くから開いている。当時羽田発の1便が7:15発だったので5時半過ぎにはホテルを出た。前夜24時近くまで飲んで5時に起きるのは辛かった。よくあんな出張生活を続けていたものだと私のことながら感心するやら呆れるやら。
日曜夜に近所のY田さんから茹でた筍をいただいた。さらに月曜午後には名物山っこ餅をT口さんからいただきY田さんからホウレン草まで。義母が来て2週間経ったら鳴門の実家に行こうと思っていたが気が向かず延び延びになっていたが筍を持って行こうと理由ができたので今日出かけてきた。
着いたのは15時頃。義母によると16年前より近所の家が増えたと言う。そうだったかも知れない。犬の名はケースケだと言うと義母は覚えていたらしい。東京で住んでいた世田谷上馬の家に弟が何度か連れて来たあの犬だ。1時間ほど話をして夕食は藤崎屋のうな重を予約。上3,800円を4人前。
4人で妙見山に行ってみると車が6〜7台と意外にいる。神戸ナンバーのベンツまで。スロープにはツツジがあって妻と母と義母が話しながら上がった。ここにはトレーニングをする中高生がいるぐらい。妙見神社にお参りして見晴台から実家あたりを探して写真を撮って30分ほどで引き上げて。
藤崎屋に17時。テイクアウトして帰りにマルナカに寄って漬物とすまし汁の素を妻が買って実家。18時頃から食べて19時前に実家を出た。三菱UFJ銀行で記帳して紺屋町から秋田町を通ってみたが開いている店も多い。が人もタクシーも代行も普段の1/10ほどか。
日々閉じこもって仕事ばかりやっていると鬱々とするので午後は3人で出かけてきた。勝浦の坂本地区を歩いてみたいと妻が言うので行ってみて神社の下に車を駐めてまずはお参り。坂本八幡神社。鳥居のペンキを塗っていた作業の横で初めて来たが立派な神社だ。ゆっくりお参り。
ふれあいの里さかもとまで下りて車も回したが歩こうにも坂がきつくて義母には無理そうだと諦めた。車に乗って星谷から北に向かって星の岩屋へ。前に来たことがあったのだがこんなに道は狭かったっけ。車を降りて滝を見たがここも坂に手すりがなく義母には難しいので諦めた。
帰りは横瀬の方に抜けて帰った。前に来たときはこの道を通ったのかも知れない。上勝に戻って役場前の千本ツツジを見に行った。取って返して17時前にペルトナーレ。私は昨年11月に食べに行った古民家を改装したイタリアンレストランで妻が注文していたラザニアを取りに行った。
先週金曜のNHKローカル番組でレストランを閉めて通販でビジネスをしていると紹介されていて土曜のZoomオンライン飲み会でシェフO原氏とも話をして妻がその場で注文していた。帰宅して18時前からラザニアの夕食。美味しくいただきました。通販は東京から注文が多く人気らしい。
私が仕事をしている一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会は英語でAssociation of Copyright for Computer Softwareと言う。略してACCS。この略称は当時の事務局次長の川合さんの発案だった。マイクロソフトの許斐部長とロータスの兼作部長の2人もいた新事務所。多分夜だった。
最近A社30年史の原稿を書くに当たって昔の報告書を読んでいてACCSの名前が初めて出たのはいつだったか気になった。当時の名称はまだソフトウェア法的保護監視機構で1990年7月25日18:35〜21:10開催の企業内コピー対策委員会で「コンピュータソフトウェア著作権協会」の名称案が出ている。
この案を帰社して社長に報告するとパソコンに限定せず広く解釈できるいい名前だと即座に支持。8月は2日と8日と21日に企業内コピー対策委員会やWGを開催。23日の幹事会で新名称を決定。29日と9月5日に委員会やWGを開催していて10日の臨時総会で名称を略称とともに正式決定している。
幹事会前とすれば8月2日8日21日のいずれかか。当時は違法コピー販売店やレンタル店に対する警察の摘発に協力していたから斧の連想で英語のAXEからACCSになった。遡って会議は7月13日にはJ社東京支社で20日は新事務所だからこの間に入居したようだ。末広町駅から徒歩1分だが住所は外神田。
緊急事態宣言下で人と集まる機会がなくなった今オンライン飲み会が流行っているらしい。だいたい皆はZoomを使う。上勝で5年前から営業している山奥のバーIRORIも今は閉鎖していて店主のN木氏がオンライン飲み会をやろうと言い出した。家で飲み始めた昨日21時半頃から私も参加してみた。
FBメッセージでリクエストを出して返信のリンクを踏んでZoomを起動。金曜のTeams会議のときと同じく私の映像が出ない。USBをPCの背面から前面に変えたら出た。前面背面なのか抜き差しをすればいいのか。次の機会に試してみよう。Zoomの画面はずらりと人が並んでいる。
上勝に住んでいた京都のほっしーがいてびっくり。数年も会っていない静岡のM下氏や20年前に仕事で付き合った元J社のK村氏も。彼はN木氏と東京目黒のマンションで隣の住人だったとか。初めての人は3人いて高松の男性と東京から日和佐に移住した役場職員の女性と愛知県蒲郡の女性。
蒲郡の人はM下氏の登山仲間で上勝グランピングの最初の客とか。そういう縁が繋がっているのが面白い。私がいたとき最大18人。グループに分かれて話さないので全員が1つの話題にいるのだが多くが聞き時間になるし飲み過ぎる。オンライン飲み会は4〜6人ぐらいがちょうどいいかも知れない。
インスタグラムのアカウントを放置していたのだが外出自粛で何か仕事で使えないのかと先日から見るようにしていた。そしたらハッシュタグごとフォローできることを発見。そういう使い方をするのか。それで上勝だったりフォレスターのハッシュタグをフォローした。それでも1日の投稿は数件。
皆がオンラインでの新しいビジネスのあり方を模索する中で顔ヨガ協会のインスタグラムがないことに気づいてアカウントを作ってみた。PCから投稿できないから画像をiPhoneに転送する必要があるのだがその過程でPCのiTunesを更新。iPhoneに転送はできたが投稿するのに写真が出ない。
いろいろやって解決して1つ投稿後にフォローしたのは顔ヨガインストラクターの女性たち。本当は妻がやるべきなのに彼女はインスタが苦手らしい。私だって分からない。それで2人で分業できないかと使っていない私のiPhone5sを妻に渡そうと思い立ちインスタグラムのアカウントに入るところから。
ところが私のアカウントは見えるが顔ヨガが表示できない。これはインスタアプリが古いのではないかと疑いiOSをアップデートしてから約80個のアプリを更新。4年近く放置していたiPhone5s。個人データのあるアプリは片っ端から削除。妻に渡してフォローしてもらった。続けることがまずは目標。
マイクロソフトTeamsを使ってA社のWeb会議に参加した。以前から新しいWindows10で起動するとTeamsが立ち上がるのだが使い道がないと思っていた。でも外出自粛の折あちこちで使われている。Zoomより自由度は低いようだがセキュリティの心配はあまりないのかも知れない。
数日前にTeamsでの会議開催スケジュールが入りメールが来たのだが私が参加する手段が分からなかった。自宅にいたIT担当N川氏と先日メールでやり取りして忘れてしまったマイクロソフトアカウントのパスワードを変えてもらい会議予告から待機できるようにはなったのだが。
今日はTeamsで待機しておく必要があったらしい。Y崎嬢から電話をもらったときには入室寸前。先方はA社会議室に5人と自宅にいるM越嬢。小さな子がやってきては声を出しあやす姿が映っていて面白い。一方で私の映像は出ていなかったらしい。先日Zoomを使ったときは問題がなかったのに。
あれこれ設定をいじったがUSBの口をPC前面から背面に変えたらWebカメラを認識するようになった。なるほどいろいろ起こる。夕方は妻が取引先とZoomを使ってWeb会議。徳島の山の中にいても離れた者どうしでコミュニケーションが取れるのだからこのコロナ禍で時代は一気に進むと思う。
今日はインストラクターさんから届いた動画の編集。すぐできた。ただしアップロードに9時間かかって終わらない。字幕の設定はスルーしたのだが。さて昨日書いた日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(パソ協)からソフトウェア法的保護監視機構が独立した頃の話。
当時の出張報告書を読んでいると表向きの会合は紀尾井町のパソ協事務局で行っているが裏の会議をJ社やマイクロソフトやロータスの会議室または日本橋室町の森本弁護士事務所でやっていた。代表のT&Eソフト横山社長が秋葉原のワシントンホテルが定宿で夜は皆でホテルロビーに集まった。
主要各社の担当はマイクロソフトが第1営業部長の許斐さん。ロータスは管理部長の兼作さん。部長2人に私は20歳代後半の入社3年目。当時は独立後の事務所が必要と兼作さんが奔走していた。あるとき会社案内持参で朝末広町に呼び出され許斐さんと3人で不動産屋に入ったことがある。
法人格のない団体が事務所を借りるに当たってバックにある3社の信用を利用しようとしたらしい。会社の説明をしようとしたら店主が「知ってますよ」と。さすが秋葉原。1990年6月13日に弁護士事務所で会議後に管理会社や大家さんに挨拶している。このときのことは全く記憶にないが。
昨日アップを始めた2つ目の動画は夜中かかってお昼頃に終了した。サイズの問題だと思っていたが字幕を付けようとしていたようだ。YouTubeの設定がよく分かっていなかった。高津文美子さんからのメッセージ動画は字幕の設定をせずにアップ。30分ほどで終了した。なるほど。
午後はA社30年史の原稿を書こうと資料を探し始めた。物理ファイルを物色したが2000年頃からのもので1990年前後のものがなく古い一太郎ファイルを見た。1989年当時の日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会から独立しようとするA社一部会員企業の動きなど生々しい資料がある。
その一部会員企業の担当者として私は参画していて生々しい資料はほとんどが社長への報告書だ。A社から郵送されてきた古い資料の中にも私の社内報告書があって夕方Y崎嬢に電話して訊くと当時事務局にいたK下氏が持っていた資料だろうと言う。私たちは裏で繋がっていたわけだ。
1989年12月19日付で弟に宛てたファイルもあった。J社ソフトの説明など。鎌倉あたりの違法コピーソフト販売店で証拠品を購入するアルバイトを頼んだときのものだ。弟は東京の大学1年生。このお仕事の後A社K氏にご馳走になったと聞いた。ほとんど記憶にない自分の報告書を読むのも面白い。
昨日YouTubeにアップロードしようとした動画は今朝になっても終わってないので午後にキャンセル。再アップロードを試みたが21時に「失敗」。1920×1080は大きすぎたのかも知れない。サイズを小さく作り直して3度アップ中。一方で今日もPowerDirector17で別の動画の編集作業を行った。
顔ヨガ創始者の高津文美子さんが米国カリフォルニアから送ってくれた動画だ。3分33秒。妻が買い物に出かけた間にテロップを画面左に入れてみたが必要だろうか。帰宅した妻に相談すると要らないと。それなら簡単。サムネイル画像だけ別に作ってレンダリング。
さて今日の徳島のニュースは新型コロナウィルスの感染者が2人増えたこと。5人目は淡路の人だろう。通院中の徳島で分かって入院とか。知事は県外ナンバー車の実態を調べ駐車が多い施設には営業自粛要請をするとか。差別を受ける県外ナンバーだが県内在住者向きにステッカーを作った人もいる。
さらに今年の夏の徳島市の阿波おどりは中止が決定。仕方がないがFacebookを見ていると影響を受ける人が嘆いている。GWの高速道路は割引きをしない方向で検討するという報道もあった。上勝では月ヶ谷温泉がGWは休業するとアナウンス。今年のGWはない。ビールを飲んで過ごすしかない。
昨日の動画にテロップを付ける作業を午後いっぱい。タイミングの微調整などに時間がかかる。YouTubeに18時半頃アップロードしたのに44%で止まり。23時過ぎに完了して観れるようになった。その間に設定を諸々見直したりもう1本も編集してアップロード中。皆様チャンネル登録お願いします。
動画にソフトフォーカスを掛けて欲しいと妻が言うから機能をいろいろ調べてみた。機能としてはあるがソフトフォーカスで美人に映るわけでもないので使うのは止め。それにしてもエフェクトの数が山ほどある。20年ぐらい前に動画編集ソフトは仕事で試していたが機能の種類は様変わりだ。
それで思い出したが当初はJ社にOEM供給したD社のMegaVi DVというソフトが最初だったと思う。次に自社ブランドで発売したDigiOnVideo。当時はビデオ編集するようなデータもなく仕事以外で関わらなかった。DVカメラを個人で買ったのも何年か後だったと思う。何もかも環境が違った。
今回使ったPowerDirector17の開発元であるサイバーリンク日本法人の社長には2000年頃に会ったことがある。吉田さんだったか。ソフトウェア業界の社長はスーツなど着ない人が多かったが彼の汚れたズボンにはびっくりした。さて明日も動画編集が待っている。焦らずゆっくりやろう。
YouTube用動画撮影とPowerDirector17 (4月19日・日)
食卓周辺を整理して顔ヨガの概要を説明する動画を撮影した。ヨガジェネレーションと自分たちのYouTube用に3本。出演は妻。上勝TVで使っていたビデオカメラと照明も持ち出してデジカメも含めて三脚が3本。10回ぐらい撮って4本を3本に編集する。この間に義母はたぬき市に出かけたらしい。
データは10年前に買ったMacBook ProとメインのWindows PCに取り込んだ。MacBookのiMovieで編集を始めたのだが必要な静止画はWindowsで作る。これをLAN経由でMacBookにコピーしたいのだがどうやるんだっけ。NASの設定を見直そうにも現PCにコントールソフトを入れてなかった。
コントロールソフトをダウンロードしNASのIPアドレスを確認してブラウザから設定。でもMacBook ProからNASが見えない。そもそもiMovieではテロップを2カ所に入れられないから思い通りの編集は難しい。それでWindows PC用に以前買っておいたサイバーリンクPowerDirector17を起動。
操作に戸惑いつつ使ってみると例えば花子フォトレタッチで透過ファイルにしたロゴを画面右上に表示させたり文字を左上と下部の両方に出せたり自由度は断然高い。MacBook ProのiMovieより慣れれば早くいいものができるかも知れない。今日の作業は意外に上手くいった。続きは明日以降に。
店舗でのクレジットカード支払は一昨年10月からKyashをメインに使っている。不安なときは他のクレジットカード。基本的にはプリペイド式なのだがKyashで支払うと紐付けたクレジットカードから自動チャージされる。このときkyashと紐付け先のクレジットカードの両方でポイントが付く。
2月末頃に私のiPhoneのkyashアプリに赤いマークがあったので確認したらシステムダウンの連絡だった。と徳島で何度か会ったITライター三上洋さんがブログにkyashについて書いている。新しいクレジットカードの発行が始まり申込が殺到しているということだ。そんなに人気のサービスなのか。
三上さんのブログを読むと非接触型というのがミソらしい。なるほど新型コロナウィルス流行中にカードを店員に手渡さず決済できるのは利点かも。と思いつつiPhoneアプリの赤いマークが気になって説明を読んで誘導されるままに1,000円をチャージした上で発行申込をしてしまったのが2月27日。
その新しいkyashリアルカードが今日届いた。色は白。カードを貼り付けていた台紙のQRコードをiPhoneで読んでKyashアプリを起動して3桁のセキュリティコードを入力して有効化。これで使えるようになったはず。青いLightカードは机の中へ。でもどこでも非接触で支払えるわけじゃないよね。
徳島県庁まで30kmあって車で45分は掛かるから今までも一度出て行けばいろんな用をするよう心がけていた。最近は基本自宅で籠もっていて銀行振込さえPCからできるようにして外出の機会が極端に減った。でもエアコン修理のフォレスターを引き取りに行かなくてはならない。
というわけで妻と義母を乗せてインプレッサでスバル。修理代金は129,008円。保証の範囲で損保ジャパンが支払ってくれたらしい。続いてマルナカで2人を降ろし私だけ駅前に行って三菱UFJで記帳。マルナカに戻って徳島銀行の記帳。2人と合流してリカオーで200円券を使ってからこはくの天使へ。
格安の子どもカレーなるものをスポンサーを得て提供していて15日に四国放送のローカル番組ゴジカルで放送されたのが話題で今日もちょうど見知らぬ人からトマトが届いた様子。同時に3組しか入店させず時間制限で精一杯の対策を取っているマスターを応援しようと夕食を食べてコーヒー豆も購入。
緊急事態宣言の全国への拡大で消防分団の役員会は中止になり5月1日の点検も中止。徳島県知事からもメッセージが出た。県をまたいだ帰省や旅行の自粛要請と県外客の県有施設の利用は拒否と。休業要請はせず。徳島ではそごうも休業するらしい。家でビールを飲んでやり過ごすしかない。
母子で移住して来ているH野君が阿波晩茶用の木桶を修理しているとFacebookに書いていた。竹でタガを作るとか。それで桶職人の古家さんから私が聞いてまとめた原稿が掲載されている『山で生きるということ2014』を渡してきた。道具もないし本を読んでもできるものではないと思うが。
そのままスバル論田店。フォレスターのエアコン修理で持ち込んだ。代車はシルバーのインプレッサスポーツ。車検証を見ると車重が1.3tだから1.6i-L EyeSightという最廉価版のFFモデルだ。フォレスターから乗り換えると座点が低くてシート位置を上げた。スイッチ類はフォレスターとほぼ同じ。
安全な直線で踏み込んでみた。フォスターの2Lターボと比べるべくもないが停止から40km/Lとか40km/Lから60km/Lとかの加速は十分なトルクがあって満足できる。郵便局前の急坂も問題ないしトンネル下の複合コーナーに突っ込んでみたが車高が低いからフォレスターより断然安定している。
降りようとして地面が近くてまたびっくり。駐車場に置いてみると隣のフィットに比べてやっぱり長い。調べると新型フィットLUXEより24,200円高いだけ。でもシートヒーターもないからフィットの後継には難しい。さて夜になり5月6日までの緊急事態宣言の範囲が全国になったというニュース。
閉じこもってばかりなのでゆうちょ銀行の入金を確認しようと昨日iPhoneで「ゆうちょダイレクト残高照会」アプリを起動すると7月末でサービス終了だと。新しく「ゆうちょ通帳アプリ」を使えというからインストールしたが法人ユーザーは対象外。せっかく便利に使っていたのに何だこれ。
昨日はPCから銀行振込をしたがいつも10日付で郵送している支払通知書を送っていなかった。作成は月初にやっていたのに印刷を忘れていた。慌てて封筒に入れて切手を貼って。いつもなら車で近くの郵便局まで行ってポストに入れるのだが昨日はO嬢の旧宅前にある小さなポストに歩いて行った。
勝浦にもあるあの小さなポストに投函しても回収が忘れられそうで利用するのを逡巡していた。でも郵便配達をしているY田君に訊いたら郵便物を回収するため開けたことは郵便局で管理されていて仮に忘れていたら再確認に行く必要があるのだとか。それなら安心。これからは活用しようと思う。
夜は消防点検。日浦は昨日S田氏が行ったとかで中央にN岡氏とM下氏。鹿子山にH木分団長とT君Y田君N野君を乗せて私が消防車を運転。現地合流のT氏が設置したコンテナの音楽スタジオを見せてくれた。凄い。人はいたが時節柄ビールは控えて18:45解散。妻が疲れていて夜は金ちゃんヌードルしお。
新しいIHヒーターと古いWebカメラとZoom (4月14日・火)
14時半に役場S尾氏らが来てIHコンロの取り換え。先日は302号のものを仮付けしていたが新品が届いた。今までのモデルは既になく新しいタイプ。スイッチ類が前面ではなく上面になった。中国部品の輸入ができない状況で通販で購入したらしい。この住宅24戸でこれから次々壊れるから大変だ。
一方でデスクの隅に置きっぱなしだったWebカメラの準備。上勝TV初期の機材として10年前に買った ロジクールHD Pro Webcam C910だがPCに繋いだらデバイスドライバを自動でダウンロード。Windows10にも対応していてコントロールソフトも入手した。PCからズームも効いて結構使える。
このWebカメラは同じものが2台あって妻のPCでも設定。15時を回って銀行振込。いつも15日付の振込で駅前まで行っていたが今日は住信SBIネット銀行を使って6件全てをPCから行った。でもいつも郵送している振込通知書を忘れていて慌てて作成。新しいことをやろうとすると何かが抜ける。
夜になってZoomアプリをダウンロード。マイクをPCに繋ごうとしたら端子がなくてびっくり。でもWebカメラ内蔵マイクで使えることを確認。セキュリティに問題があるという話だが設定を解説した記事を参考に。妻と繋いで設定など操作を確認。スマホをカメラとして使うこともできるらしい。
義母を連れて妻が東京出張から帰って来てから2週間。念のために散歩と買い物以外は自宅に籠もっていたが発熱も倦怠感も味覚障害も咳もなく年季が明けた。昨日は前祝いとして3人でビールを飲みながら自宅で焼肉。ただ東京ほど神経質になることもないのだろうが外出自粛モードには変わない。
義母とは生活時間がずれている。7時過ぎには事務所に来て朝食を摂っている。私たちは夜1時過ぎまで事務所にいる。そういうわけでファンヒーターの稼働時間が延びた。しかも昨日も今日も寒い。一気に灯油を消費して今日15Lを買い足してきた。最後と思ってからも30日に買い足していたのに。
さて日本全国が外出自粛モードだから顔ヨガのインストラクターたちが開店休業状態になっている。Zoomなどを使ってオンラインで教えている人もいるので妻はWebやブログで紹介している。さらにインストラクター養成講座を主催しているヨガジェネレーションがYouTubeも始めた。
ここに乗っかって顔ヨガの動画を作ろうと言っていたのだが自由度が高くなくそれならいっそ自分たちでやってしまおうかという話になった。昨年から妻は地方のインストラクターを回って動画を作りたいと言っていたのだ。というわけで今日はYouTubeチャンネルを開設。とりあえず作っただけ。
子どもの頃から目薬は何度か使ったことがあったと思う。小学校の頃は目いぼがよくできて眼科にもよく行ったから目薬も使っていた。ちなみに「目いぼ」を「めばちこ」と呼ぶ地域があることを大学時代に知って驚愕したのだが東京では単に「ものもらい」と言うらしい。
それはともかく目薬である。2年前に詐欺罪で捕まって久しぶりに名前を見た大石旭から「スッして気持ちいいぞ」と高校1年のとき教えられて以来しばらく目薬はスマイルを使っていた。最近まで薬局で目薬で迷うとたいていスマイルから選んで買っていたような気もする。
でも手元にあるのはロートGOLD40。一昨年ロート製薬から大きな仕事をいただいて乗り換えたのかも知れない。その後妻が定価1,650円のVロートプレミアムをもらってきた。これがよかったのだが別のものも試そうとVロートアクティブプレミアムを購入。でも私は前者の方が断然よかった。
外出自粛の最近はPCの前ばかりでやたらと目が疲れる。妻の目薬も借りつつ前に買った目薬を取り出したら何故か妻と同じもの。いつの間にか妻が私も持っていたアクティブプレミアムに乗り換えていた。というわけで私は改めてプレミアムに買い換え。今となってはどっちもどっちの使用感だが。
義母は毎朝散歩に行っているらしい。地元の神社方面だったりいっきゅう茶屋まで行ったのは昨日だったか。午後になると妻は義母と一緒に散歩に出かける。水曜には私も一緒に行ったが今日は15時を回って3人で散歩に出かけた。家でPCに向かってばかりだと身体も目も疲れるばかり。
勝浦まで行って堤防沿いを歩こうかと言っていたが妻がふと上勝のフラワーガーデンに行こうと提案。1度2人で行ったことがあるが妻は場所が分からないらしい。あれは移住してすぐだったと思っていたが写真のフォルダを調べると2012年4月8日のことだった。
山河の里と称していて8年前に行った後で何度かテレビで紹介されているのを観たことがある。今日は行くとご主人と奥さんがいて挨拶して奥へ。案内版に従ってお隣さんの庭にも入って見学。桜はほぼ終わっていたが丁寧に育てられた花々を見て義母が感激して何度も歓声を上げる。
生実のI本さんも来ていたが入れ違い。ご主人と奥さんとしばらく話してから次に新藤川橋東に車を駐めて正木ダムまで歩いて往復。途中H野君やK山氏らと挨拶しながら。日が当たらず寒かった。駐車場まで戻って16:40。今日はぶり大根だったが毎日妻の料理で散歩もして健康になってしまいそう。
もう1週間ぐらい前だったか政府が全世帯に布マスク2枚ずつ配布するという発表があった。その頃は新型コロナウィルスの影響で収入が減った人への補償をどうするかという議論の最中だったからマスク2枚に唖然とした。今も怒っている人がいる。加藤登紀子などは配布撤回の署名運動までしている。
でもマスクはどこにも売っていない。店頭では老人が趣味として買い集めているという噂もある。2月頃までは健康な人がマスクをしても飛沫感染を防ぐことはできないとも言われていたが今は外出自粛が求められているほどに健康に見える人でも感染しているかも知れないという状況にある。
であれば誰もが人前でマスクをするべきだろう。でもマスクは買えない。だから政府が配布するのなら悪いことではない。手段を含めて今やれることがあるなら466億円かかろうが全部やればいい。それなのに反対するのは何故だろう。買えない人もいるのに左翼は弱者の味方じゃなかったのか。
医療機関には優先して3,000万枚のマスクが配られる。雇用調整助成金の条件も緩和されたし事業者には最大たった200万円だが補填もある。個人には最悪返済不要になる融資もできた。今になってまだ反対している人は情報弱者なのだろうか。現状認識が私とは違うのか思考回路の問題なのか。
『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』 (4月9日・木)
私はソフトウェア業界で仕事をしてきたが巨大なシステム開発の世界とは無縁だった。大規模システム障害の記憶もあるし何度もATMを止めたことで興味もあって読んでみた。 日経コンピュータ『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 史上最大のITプロジェクト「3度目の正直」』(日経BP社)。
みずほ銀行は基幹の勘定系システムを8年掛けて作り直した。2019年に完成したシステムは富士通と日立と日本IBMとNTTデータという巨大インテグレーターを中心に1,000社が関わり4,000億円後半が投入されたらしい。このMINORIと呼ばれるシステムの技術構成や開発から導入の物語が第1部。
銀行の勘定系システムは1980年代から使い続けてきて誰も詳細な仕様が分からないブラックボックスになっていた。それで起こったのが2011年の大震災直後ATMが使えなくなった10日にも及んだシステム障害。その原因の詳細と対処を追ったのが第2部。関わった人は寿命が縮む思いだったろう。
本書では古いシステムを放置してきた歴代経営者のIT軽視を強烈に批判している。第3部は第一勧業銀行と富士銀行と日本興業銀行が2002年に合併した際の大規模障害の原因と経過のこと。銀行とハードメーカーが低レベルの縄張り争いを繰り返したという話。記録としての価値もあるし面白かった。
三菱UFJ銀行BizSTATION Lightと3人で散歩 (4月8日・水)
4度も提出した書類が通って三菱UFJ銀行の法人ネットバンクBizStation Lightでの書類が昨日届いた。180ページほどの操作マニュアルほか導入ガイドの類が何種類も。早速初期設定を行ったがパスワードだらけ。まず契約書番号と自分で決めたIDと初回ログインパスワードを使って電子証明書の取得。
サービス案内にあった16桁の証明書取得用パスワードを入力したがスペース不要だというのが分かりにくい。さらにワンタイムパスワード発生器を登録するためシリアル番号と発生器で表示された数字を入力。無事にログインできると次はパスワードを変更する。ログイン用と取引実行用の2つ。
ここまでで入力したパスワード4種類6つ。2ヶ月近くかかってようやく使えるようになった。マニュアルがなくても使えるが画面も文字も小さくて分かりにくい。住信SBIネット銀行で昨日2件振込をしたが操作感が全然違う。注意書きだらけで保身に走るメガバンクの将来は暗いと思ってしまった。
さて1日部屋にいても疲れるので今日は義母と妻と散歩に出かけた。勝浦の星谷運動公園に車を置き歩いて近くの神社も。階段だから妻と2人で上がり私は車道を通って遠回りして下りた。1時間弱歩いて帰りにGSで洗車したら先にいた軽の箱バンが上勝のゲンちゃんで車を拭きながらひとしきり世間話。
将来の私にメモとして書いておくのだが新型コロナウィルスの感染拡大を受けて改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言というのが今日出された。5月6日まで。対象地域が東京埼玉神奈川千葉大阪兵庫福岡の7都府県。19時から安倍総理の記者会見を70分間しっかり観た。
緊急事態宣言と言っても4月1日に発令されるという噂が3月末からあったから驚くことではない。私も人づてに聞いたしネット上でも見た。私権制限に繋がると慎重だった野党は4月になると早く出せと主張して立憲民主党の枝野代表は2月から主張していたと支離滅裂なことを言い出して失笑。
中国やイタリアでは都市が封鎖されて交通機関も止まったが日本ではできない。ほとんど変わらないとテレビは繰り返し言っている。感染を広げることになるから地方に行くなとも総理が明言した。数日前に弟が4月末に帰省するかもと母にメールしてFacebookにも書いていたがすぐに消したようだ。
カフェPolestarも土曜からか休業した。上勝は大丈夫だと県外から客が来ることに危機感を覚えたらしい。上勝の高齢化率は50%超。上勝にウィルスが入ってきたら大変だ。妻も東京から仕事関係の人が来る予定を断った。もし甥が帰省しても私は会わないし上勝には来させない。静かに家にいよう。
昨夜ハードディスクの使用量が91%超という警告が出たと妻が言った。見ると妻のPCではなく4年前に買い換えたLAN上のNAS(Network Attached Storage)だったのだがこれは1TBのハードディスクを4つ搭載。故障に備えてRAID6で組んでいてプロパティを見ると総容量は3.57TBある。
3.57TBの91%も何に使ったのだろう。今日になって調べたら妻のPCの名前を付けたフォルダがある。中を見ると深い階層構造があってシステムファイルも含まれている様子。今のPCに移行するとき一時的に作ったものかと思い削除しようとした。でも容量は1.79TB。意外に大きい。
それとは別にOneDrive for Businessで同期させる必要のないファイルを置く妻専用のフォルダもある。ここには同期ファイルも2次バックアップしているが妻のPC名のフォルダ内と重複していて後者の方が古い。それで妻のPCのシステムを見ると1時間単位でバックアップを取る設定になっていた。
妻のPC名のフォルダはそのバックアップ先だった。それならもう一方のバックアップは不要なので全削除。trashbox内も削除して使用容量は2.09TBまで減った。空きは1.47TB。ついでに私のPC内にあるデータファイルを別のHDDにコピー。NASのファイルもさらにバックアップ。これで安心。
昨日から法定調書作成ソフト魔法陣で作業を始めた。まず法人情報などを登録。よく分からない設定項目は無視して支払先の登録も行った。これまでの支払先の個人は100人ぐらいいて顔ヨガのインストラクターだけでも70人近くだが法定調書用だから今年の現在までの対象者だけ16人を登録。
住所などは今まで管理してきたExcelからコピペ。さらに16人の個人別に1月から3月までの支払データを入力。講演料といった区分も選択肢があるので分かりやすい。今月からは個人別に支払額面と源泉徴収税額などを入力していけば年末には支払調書ができるはず。集中した作業で目が疲れた。
魔法陣は法定調書作成のためには便利なソフトである。ただ毎月一括して納付している源泉徴収税の合計額が出せない。結局今まで通りのExcelでの管理も並行して行い毎月の支払額と源泉徴収税額の合計を計算することにする。面倒だが数字をチェックするのにも有用だろう。
さて外出を控えると有り余る時間で読書するしかなく積ん読だった中野明『IT全史 情報技術の250年を読む』(祥伝社)を読み始めた。寝るとき妻が明かりを点けて本を読んでいるから夜のお供は『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 史上最大のITプロジェクト「3度目の正直」』(日経BP社)。
三菱UFJ銀行の法人ネットバンクBizStation Lightの申込書は一度突き返され再提出して再び返され次は同封すべき書類がないと3月末に三度返された。返却書類も必要と書いておけと思うがお役所仕事にうんざり。ともかく書類は4度目の提出で通ったらしい。1日にはIDの先頭はlかiかと電話が来たが。
そして今日トークンつまりワンタイムパスワード発生器が届いた。義母が受け取ってくれたのだが午後これで使えるようになったとアクセスしようとしたがうまくいかない。改めて動作環境を見ると64ビット版ブラウザは対象外。FireFoxもChromeも使えない。Edgeさえも動作環境外だ。
Windows10では実質Interenet Explorerしか使えない。マイクロソフト自身がEdgeへの移行を促しているというのに。もう住信SBIネット銀行だけでいいかと思いつつ調べたらWindows10にもIEはあるようなので起動して三菱UFJ銀行の法人ページにアクセスしてみた。
電子証明書を取得しようとしたら契約者番号が必要だと言う。探したら今日のレターに小さく書かれていた。さらに申込書類で書いた利用者IDと初回ログインパスワードが必要。ここまではできたがさらに別便で届くらしいパスワードが必要と。その別便はまだ来ていないので今日の作業は諦めた。
法定調書作成ソフト「魔法陣」の値下げを待って4月1日にアクセスした。ヨドバシで一旦注文したときのIDで買おうとすると定価38,800円なのにバージョンアップ扱いで12,100円になってしまう。システム上の問題だがこれで買ってしまうとズルをしたことになる。それで再度新規にIDを申請した。
認証キーを入れて住所登録を済ませたのに夜スマホで同じメールを読んで認証キーの期限を過ぎたと思い込んでしまった。昨日書いたのはこのことで今日郵送で本登録キーが届きようやく1本目の正価30,800円でダウンロードの申し込み。支払はクレジットカード決済かと思うと銀行振込しかない。
振込先は三菱UFJ銀行。今日記帳に行くつもりだったので三菱から振り込もうと思ったが住信SBIネット銀行の手数料が無料だと気づきPCから振込。15時過ぎにメールが来て指示通りサイトにログインしてダウンロードして製品を起動してライセンスキーを入力して正式ユーザーになった。
妻と義母は午後勝浦まで散歩に行き帰宅後3人で銀行記帳ついでに徳島へ。手数料が無料なら今月の振込は住信SBIネット銀行からやれるかも知れないと三菱UFJから200万円を引き出し徳島郵便局のATMから入金した。徳島からの帰りにコーヒー豆購入ついででこはくの天使で夕食。
義母は8時半過ぎから一人で散歩に出かけたらしい。中央の会堂の先にある交差点まで。近所の方とも話したりしながら1時間以上。私は11時過ぎからA社との電話会議。昼食の後に今度は妻を含めて3人で改めて散歩に出かけた。昨日の雨と強風にも桜はまだ見頃でのんびりと歩いて神社まで。
神社では電線に折れた竹が倒れかかっていて役場に電話をした。夕方地元の神社総代N岡氏から電話があって神社の電線だと教えられたが。午後は3人でそのN岡氏宅前も通って東の山々や介護施設を下に見たり。14時頃に出て15時過ぎに帰って来た。明日もまたどこかに義母を連れて行こう。
一方でkaoyoga.comの上部スライドを固定式に変えるよう依頼して案に対して3週間前にOKしていたのを忘れて今日また返信。私はボケたかとショックを受けた。よく考えればOKしたのはPC版だけでスマホ版は案がなかったしページ全体のイメージが分からなかったからだと気づいて少し安心したが。
でも某サイトで昨日登録したのに同じ作業を今日またやった。認証キーを既に入力したのに夜になってまだしていないと勘違いしたのだ。現在は正式登録の郵便を待っていればいい。勘違いが続いて注意しておこうと思ったところ。今日は5月予定だった渡辺先生の最終講義は無期延期との連絡も。
先日鳴門観光をやったN尾氏と初めて会ったのはJ社で社長に付いて行った日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会だった。1988年6月。N尾氏は当時パソ協事務局の職員。その前は新潮社の写真週刊誌FOCUSの編集者。早稲田大在学中からFOCUSの創刊に関わったと言っていた。
パソ協で誰もいない会議室に連れて行かれJ社のことをいろいろと聞かれたのは1988年秋。事務局を辞めたいという意向と分かり社長に報告。9月末だったか10月末だったか土曜の徳島本社に来てもらい面接をして入社が決まった。後にマイクロソフトに行くK井氏と女性のA生さんの3人が転職した。
事務局にはもう1人いたが彼はやりかけた仕事があるから残ると言った。それがA社のK氏。今の私の業務上のボスである。この年の冬だったと思うが誘われてK氏の自宅に行き夕食をご馳走になったことがある。アパートの2Fだったが隣の部屋が大家さんの息子でそれがN尾氏ということだった。
面接に来た日か翌日かN尾氏とK井氏は日の峰のゴルフコースに行ったと聞いた。入社後はN尾氏から相談を持ちかけられたこともあるし社長に話を通すよう頼まれたこともある。私も東京に行くとN尾氏が部長の出版部でいるようになった。6歳も年上だが意外に話をしてきた同士だったかと。
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© 2020 Takashi INAGAKI