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2026年8月

お盆の集いの片付けと母の靴2足 (8月14日・金)


9時過ぎに起きて外を見るとK山氏の車が爆走していたから片付けは9時からだったのかと50分遅れて行くとやっぱり10時始まりだった。H木氏親子とN野君Y田君T木君K山氏K井氏とS藤嬢に11時過ぎにT中総代。テントは半分が一部乾いておらず干してから。倉庫と何往復かした。11時半終了。

S藤嬢を除く男たち9人で月ヶ谷温泉。役場出勤のT君N岡君も合流。昨日12万円近く売り上げていたらしく昼食代は経費扱い。操法大会のときの飲み物が漬け物桶に入ったまま倉庫にあってK井氏と詰所に運んで13時に解散した。午後は鳴門病院から母の着るものを持って来てほしいと電話があった。

アメニティを着ずカーディガンだけでいるからだ。入院費用の支払いもあるので15時前に出た。実家では服3着と最初に母が言っていたカーディガンを見つけて病院。まずは7月分の支払い。服3着は見せずにカーディガンだけ渡した。ベッドから立たせてみると先日よりスムーズだ。

靴を持って来てほしいと言うので2回目の実家で指定のものと歩行訓練により向きそうな別の1足を病室に置いてきた。実家では仏壇の水を替えビールは持ち帰り冷えたものを供え直した。鳴門渦潮高校2回戦の負け試合をラジオで聞きながら火曜に続き今日もカフェ・ドゥ・マルシェ。

お盆の集い (8月13日・木)


従兄弟から一昨日に墓参りに行き昨日は母を見舞ったと朝電話があった。私は母の退院先を北島にするとソーシャルワーカーさんに電話で伝えた。阿南は私にとっては便利だが今後どうなるか分からない母にとっていいのは北島の方だと考えた。さて今日は地元のお盆の集い。夏まつりである。

段取りは1Qのメンバーがやっていて私は13時に準備を手伝いに行った。でも雨のためテントで休んでばかり。一旦帰って雨が上がった16時に再び。提灯用の長いケーブルの断線を確認してから電球を付けてフェンスに這わした。すっかり晴れて西日が眩しくサングラスを掛けて準備をした。

旭など他地域から出店を出す人たちが続々と来て準備が進む中を私は賄いのビール350mL。17時過ぎにまた帰宅してカップ飯のカレーを食べて18時を回って再び会場へ。何年か前までは音響担当を手伝っていたが今やY田君が仕切っているので出店でビールや食べ物を買うことに専念。ビール0.7L。

常時100人以上いたと思う。子どもが多い。数十人と話をしてO君夫妻らのバンド演奏まで見てまた帰宅。終わった頃を見計らって三度行って片付けに参加した。22時半帰宅。皆は隣の消防の新詰所で打ち上げをやっているが主力は40歳代以下なので遠慮した。実際もう飲み続けるのがしんどくて。

タレックスのPC用グラスと夕涼み (8月12日・水)


お昼にいっきゅう茶屋に行くと今日も豚しゃぶおろしポン酢で先週から4回目。イマジンとS谷氏は打ち合わせ中でS谷夫人がいたから一緒に食べた。生後2ヶ月で移住して来て彼らが育てる4ヶ月の女の子と一緒。子どもの頃の話や京都の祭りなどの話をした。お盆休みで観光客も多かった。

午後は注文していたタレックスのPC用グラスが届いた。効果を感じるわけではない。クリップは気にならないが今までなかった黒い枠が視界の上下に見える。縦が4mm大きいLサイズにした方がよかったかもしれない。ただ頬に当たるのは嫌だししばらく使ってみようと思ったら半日で慣れた。

鳴門病院から母の入院費用7月分が約1.8万円との連絡も受けた。安い。さて一昨日介護施設を見学したとき利用料引き落としに銀行印が必要と言われ昨日実家で探した。これは一発で発見。一方で母のクレジットカードに紐付いたETCカードが来年から使っていないと有料になるとのハガキが届いた。

車を処分した時点で不要になったETCカードだが持ち帰っている母の財布やバッグにはない。実家でまた探さなければならない。いろいろあって鬱になりそう。夜は弁当を食べてから涼しいので外に出た。夕暮れどきにベンチに座ってビールを飲みながらぼんやり。毎日こういう生活をしていたい。

墓掃除と仏壇にビール (8月11日・火・休)


従兄弟から昨日電話があり伯母が今日母の見舞いと墓参りに行くと言う。そうかお盆か。彼らが行く前にと墓掃除に行った。まず12時過ぎに出て昼食は鳴門吉永でうどん。どの店も満車に近かったのにここは13時過ぎに私一人。自宅から箒や剪定鋏や実家からゴミ袋を持って墓に行った。

昨年はハゼノキがあったりしたのに生け垣はきれいに刈られていたし黄色い小さな花が生けられていた。多分1年前のままのしきびをうちの畑で切って持って行ったものに替えて水も入れた。一旦実家に戻り休んでいたら隣のN岡さんが「最近お母さんを見かけないけど」と来たので事情を説明した。

鳴門病院に行くと母は看護師さんと腕を回していたところ。ベッドに座っているから立たせてみると立つことはできる。歩くことはできない。昨日ソーシャルワーカーさんが言うには母は歩行器で7歩歩いたが膝が痛いとリハビリを止める日があると。今日は計6回ぐらい立たせてみた。筋トレである。

実家で急須の中にティーバッグを見つけて洗ってふと思い付いてハローズで冷えたビールを買って仏壇に供えた。子どもの頃に父が飲んでいたキリン。ラガーにした。墓参りや仏壇やら今までは見向きもしなかったのにXで読んだ「怖い話」の影響か霊を感じて信心が芽生えたような行動をしている。

介護施設見学3件目 (8月10日・月)


14時に阿南名月苑。介護施設見学の日は今まで2回ともモスバーガーで昼食を取ったので今日は羽ノ浦店で。家を12時前に出たので食べ終わってから1時間もある。時間を潰して7分前に着いた。担当T岡さんは30歳代の女性でバスケットかテニスの選手だったようなタイプ。好感が持てる。

料金表も公開されているし施設はやや古いが印象はいい。2~4階に部屋がある。算定に響くから直接特養への転出は止めて欲しいと。自宅で一泊など抜け道はあるらしいが。印象がいいし自宅復帰を目指すならいいと思ったがテレビは持ち込みだし着替えやタオルも用意する必要があるのは面倒だ。

北島がどうだったか忘れたが同じだとしても新しさと部屋の広さでは北島。考えがまとまらず鳴門病院のソーシャルワーカーTさんに電話をした。J社後輩の旧性M田嬢の母上が入居したと以前聞いたことを念頭に退院すぐグループホームの選択はないかと訊いたら居住地の鳴門が条件らしい。

無理ではないが老健でリハビリをする方がいいという何となくのニュアンス。今日の施設でも言われたが要は本人の意欲次第なのだ。病院でも母は指示がやっと理解できるようになったらしいが。ちなみに老健から老健の移動は可能か訊くと難しいと。この件のストレスが強くて溜息ばかり。

S210で昼食ドライブ (8月9日・日)


週5日の営業日に毎日昼食を食べていたいっきゅう茶屋はO原シェフが母上に代わって自ら乗り出しメニューを変えた。値段が1,200円と200円上がり定食は3つから選べたのに1種類のみになって先週は豚しゃぶおろしポン酢を3回食べた。私を排除するような変更だが文句を言える立場でもない。

Y下さんが申し訳なさそうにしてくれるが昨日訊くと今日も同じメニューだと言う。それで今日は町外に出た。洗車を除けば動かしたのは5月以来のS210で持井橋を渡らず那賀川沿いを途中から東岸に渡って加茂谷から阿瀬比経由195号線。鷲敷のカントリーロードに11:20頃に着いた。

ハンバーグカレー辛口。着いたときは1台だったのに帰る12時前には満車。行く途中に水井という案内版があったから改めて通ってみようと大塚製薬工場を超えて那賀川北岸から下流に向けて水井橋を見つけ東岸に渡ると狭い道路で加茂谷中学のところに出た。当初予定と逆に通ったらしい。

改めて阿瀬比から相生。日和佐でソフトクリームを食べて帰りは日和佐道路を通らず旧道経由。加茂谷まではどの道も2車線で広くなったが鷲敷寄りが狭い。それでも1.5車線ながら阿瀬比に出る道が一番広いと分かった。142.3km。12.9km/L。夕方から鳴門渦潮の試合をテレビ観戦。サヨナラ勝ち。

タレックスPC用と畑の草刈り (8月8日・土)


運転用に跳ね上げ式オーバーグラスを昨年5月に買った。本当はタレックスのオーバーグラスが欲しかったが高いしサイズが微妙に小さかった。大きなサイズが出ないかと昨夜サイトを見直したらピンポン。でもやっぱり高いから逡巡してサイトを見ていたらPC用のクリップオンタイプがある。

運転より圧倒的にPCを見ている時間が長く目はいつも疲れていて今の跳ね上げサングラスで決定的な不満もないのでPC用を買ってみることにした。夜間運転にも向くと謳っているから兼用もできる。装着感に問題がなければ昼間の運転用もオーバーグラスでなくクリップオンにする選択もある。

今日は夕方から畑の草刈り。7週間ぶり。70cmに伸びたみかんの木や柿やすだちや枇杷の木にツルが絡まっていて丁寧に外したり強引に引きちぎったり。ふと左の太ももを見ると赤黒い汚れが3カ所にあってすぐ下に黄色い虫がいる。ヒルに噛まれて出血したと慌てたが私の血ではなかった。

スズメバチとも対峙したが草刈り機に触れて飛んで行った。さて先日のJ社OB会でT田嬢が母上を施設に入れたと言っていたから尋ねたが地域包括支援センターに相談すべしと当たり前の話だけ。夜は妻の部屋のエアコンにボックス掃除のランプが付いていたから埃を取り除いた。10日ぶりにビール。

防災インタビューとWindows検索設定 (8月7日・金)


先週F井嬢から頼まれてゴミステーション併設の施設で今日徳島大学環境防災研究センターのインタビューを受けてきた。徳島のテレビでよく見る上月教授と院生と学生さん。K田嬢が話している横に座って待機して11時から50分も話をした。集落孤立について町から委託を受けたと言っていたか。

アマチュア無線の話に興味を持たれた。スターリンクやポータブル電源も考えていると話したが南海トラフ大地震は昨年聞いたところでは2035年の予想なのでまだ用意はしていない。買った浄水器のことも思い出したが田舎は水もあるし煮炊き用の燃料にも事欠かず都会より防災に強いと思う。

さて過去の日記の記述を引用するときエクスプローラーで検索をかける。ところが最近の日記が表示されないことが増えた。SSDに換装してからも古いHDDのEドライブを参照しているのだ。これをOneDrive for BusinessのCドライブに替える必要があることは分かる。どうすればいいのか。

ネットで調べてWindowsの設定を見たが検索除外フォルダにEドライブがある。履歴を消し再度Eドライブを除外設定したが変わらず再起動すると今度はCドライブが除外設定されている。これらを全て外したら検索できるようになった。訳が分からないが希望通りになったからヨシとする。

母の介護施設検討と笹橋君と草刈り (8月6日・木)


母の介護施設は私の自宅近くがいいかもしれないと思い始めて昨夜探すと介護老人保健施設(老健)なら阿南名月苑が一番近いと分かった。経営者一族の一人を知っている天満病院の系列だ。ここを見てみてもいいかと思ったのが昨夜。鳴門病院のソーシャルワーカーTさんとは午後電話で話した。

昨日見た大津の施設は3ヶ月にこだわらないと言うから最後まで住むことになるだろうが確かに遠い。母は要介護1だが今なら3になるだろうと昨日も言われた。ただし今まで自分で歩けていたのに最初から諦めて介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム=特養)を選ぶことに少し抵抗がある。

3ヶ月で1%でもいいから自立を目指して欲しい。結果として自立できず北島の施設で要介護3になって3ヶ月で退所させられたら上勝にある特養のピーターに移ればいいかと今のところの心づもり。さて昨日見学した陽だまりの担当はS橋氏という。訊いてみたら小学校の級友の4つ上のお兄さんだった。

私が作曲コンクールで入選したきっかけを作ってくれたS橋君は高知医科大を出て医者になったそうだ。子どもが4人いて京都市左京区にいるらしい。昨年会った小学校時代の友人2人にLINEで報告。今日は北の石積みなど家回りの草刈り。1ヶ月ぶり。風が強くて助かったと思ったら空調服を着ていた。

歯科と施設見学2件目 (8月5日・水)


前歯の被せ物は多分3月頃に取れたと思うが放置していた。ようやく治療に11:30にゆめタウン。終わって鳴門へ。昼食は今日もモスバーガーで市役所で施設入所の減免申請を訊いた。施設名と入居日が必要で同月中であれば遡って適用されると聞く。コーヒーを買って実家で休んで15時に鳴門病院。

母はナースステーションに車椅子でいて談話室に移動して話したが別のカーディガンを母の実家で取ってきてと言う。すぐそこやからと。市民病院と間違っているらしい。母の実家に行ったところでないだろうに。実家に戻り母が言うものを探したがなく近いものを持って行ったが違ったらしい。

急いで退去して16時に大津町。施設候補2件目である。会議室で話をして施設内も見学したが築35年と古い。介護老人保健施設の3ヶ月期限というのは建前だと言われた。担当者から自宅近くの方がいいのではないかとも言われた。病院に行くにも呼び出されて上勝から来るのは大変ではないかと。

料金も詳しく教えてくれた。減免は年金額と預貯金で決まり帰宅後に調べると母は条件の預貯金500万円以下だが年金が多いので第3段階2に該当しそう。施設を出たら17時近くでどうせ渋滞だから実家に戻って休んでから帰宅した。阿南と小松島の施設もネットで見たがよく分からない。困っている。

『ヒミコの暗号』 (8月4日・火)


伊勢谷武『ヒミコの暗号』(Kindle版)を読み終えた。物語は先日書いた舒明天皇の歌への不審や壬申の乱の地名問題に続いて帝国陸軍が吉野川中流にある善入寺島の神社を大正4年に爆破した史実に基づくAI映像を見たところから動き出す。阿波の歴史が皇国にとって不都合だったという解釈だ。

古事記も日本書紀も中臣鎌足の息子藤原不比等が古代祭祀を司ってきた忌部氏を歴史から葬るため改竄したものでこれを正当化する秘密組織が今もあり主人公の邪魔をする。この組織とここでも中国人スパイが暗躍してこれもミステリーなのだろうが分かりにくい。登場人物の誰が誰だったかと。

ときどき古代の巫女と民族移動のシーンが挿入される。それは主人公が後に「血の記憶」から思い起こしたアフリカの7万年前から数千年前までの記憶だと分かるのだがこれも理解しにくい。ご都合主義の展開も多々あって小説として没入できない。そもそも単行本では上下2巻ありとにかく長い。

ただアカデミック・スリラーとして「この小説に登場する文献、神名、神社、祭祀、宝物、異物、遺跡、ならびにDNA分析を含む科学的知見は、実際の資料と研究成果に基づいて」いると明記しておりY染色体の移動から縄文時代に日本は世界最先端で文化は大陸に環流したという話は説得力がある。

最後に主人公の友人が声を掛けたシーンでは涙した。「まず『祈り』があり、そのもとに伝統も文化も国柄も生まれてくる」とあとがきにある。天皇が表の祭祀王なら裏で支え祈る巫女の存在。主人公が阿波や日本の隠さた歴史を学んだ末に古代から受け継いだ巫女の血を覚るという物語だった。

施設見学と空調服と井戸寺 (8月3日・月)


8:36に出て北島町役場まで59分。さらに3分で吉野川病院。周辺を1周して併設の介護老人保健施設「敬愛の家」に入った。母の施設見学その1なのだ。部屋も廊下も広く新しいしスタッフも多い。ただ他の病院には行けず退所する必要があるし理学療法士などが付いてのリハビリは1日20分だけと。

基本的に3ヶ月限定。介護老人福祉施設は要介護3以上が条件なので今の母は入れないが3ヶ月で歩けるようになるものだろうか。ちなみに月額料金は4人または2人部屋が9万円で1人部屋が16万円。減免申請すれば各6万円と13.5万円。一般的に諸々の追加費用があって1万円ぐらいプラスになるらしい。

施設は30分で退出して国府のワークマンに向かった。192号線沿いだと思い込んでいたが田宮街道沿いで石井まで行ってUターン。モスバーガーで昼食後にワークマンで空調服を買った。元祖に敬意を表してバッテリーの信頼性も考え株式会社空調服製。計2.04万円。実家で組み立てた。

帰りに郵便局を見つけたので源泉税を納入して通り道にあった17番札所井戸寺にも立ち寄ってお参りした。以前も来たが井戸にこんな建物があったっけ。顔は映ったが。次に鳴門。車椅子に座ってナースステーションにいる母が座布団が欲しいと言うので15時まで待って実家から持って行った。

今日は車椅子ではなく同じ部屋の窓側に変わっていて点滴中。寝ていたのを起こして話したが普通の会話になった。「今日は家に帰ろうと思う」と言ったりしたが。私が帰ろうとすると「寂しいなぁ」と。また実家で冷蔵庫の卵や食パンや新たに見つけたきゅうりの漬物を持ち帰っ畑に埋めた。

『ヒミコの暗号』と古事記の舞台阿波説 (8月2日・日)


先日読んだ『アマテラスの暗号』に続いて伊勢谷武『ヒミコの暗号』を読んでいる。本作も短いページで場面が切り替わるからつい読み進めてしまう。まだ7割程度なので全体の印象は改めるが古事記の時代さらに明治政府から今も隠されている事実を暴くというミステリー。舞台の多くが徳島なのだ。

主人公は万葉集にある舒明天皇の歌を不審に思う。奈良の香具山から海原は見えないのにと。ところが祖母が残した歌を元にこの香具山が徳島の日の峰だと知る。小松島市大林町は飛鳥という地名だったとも知らされる。あるいは大海人皇子と大友皇子が戦った壬申の乱も現実的な行程ではないと。

この地名は徳島の吉野川中流に揃っている。徳島の鴨神社周辺には葵が自生しているが京都の賀茂神社の社紋の葵は周辺にない。出雲神話に登場する神々は全て徳島の式内社で祀られている。伊勢神宮外宮の大宮司家である度会氏の始祖天村雲の名を冠した全国唯一の村雲神社は式内社で徳島にある。

こんな話がてんこ盛り。私が知っていた話は1割もない。そこで6月にもらってきた阿波ヤマト財団のパンフを開いた。神社の縁起や古事記の記述との関係などの情報は乏しいが詳しい地図付き。落ち着いたら古事記をまた復習しながら縁起を調べこの地図を頼りに徳島の神社巡りをしたいと思う。

怖い経験と霊的なもの (8月1日・土)


昨夜は何度もトレイに起きたが割とよく寝られた。今朝9時過ぎに鳴門病院の主治医から電話で母は昨日から熱が出て点滴を再開したという連絡。食事は半分ぐらい食べているらしい。私は自分の体調優先で病院には行かず。母の実家の叔母から気になるからと電話があって状況を説明した。

さて先日来Xで「怖い」話が引用RPで次々表示されれ500件ぐらい読んだと思う。霊的な体験の多さに驚くが今はあまり怖くない。ただ思い出すと私の「怖い」経験は2つ。小学校低学年だったか実家すぐの小さな三差路から真東50m先にある椿の生け垣前に女性が立ってこちらを見ていたこと。

夕暮れ時だったし気がしただけかもしれないが怖かった。もう一つは実家トイレ。当時は奥の大便器と手前の小便器の間に戸があった。その上に何か大きなものがある感覚。大便器にしゃがむと右の桟の上。大きいというのは部屋に収まらないぐらい巨大で丸く重い概念。ときどき夢にも出た。

怖くなかったが霊的な経験もある。父の一周忌で親戚が集まり話をしていたときすぐ外の植木台から風もないのに大きな音を立てて鉢が落ちた。集まったのなら早く始めろと父が怒っていると思った。それもあって何かあれば父や祖父母からメッセージが届くと思っている。霊の存在は信じている。

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© 2026 Takashi INAGAKI