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2026年8月

ストレス (8月31日・月)


鼻の左の穴の上にできものができたのは8月16日頃。上唇の中央やや左上にも小さなできもの。散髪でサカイの大将が口唇ヘルペスだと言う。10日に溜息ばかりとあり12日に鬱になりそうと書いている。24日にかさぶたが取れ今はほとんど治ったがサカイで指摘された通り原因はストレスだろう。

かつて帯状疱疹に罹ったことがあるがストレスの影響について別に書いていた。なるほど身体の症状は遅れて出ると。今回はお盆の集いで13日の準備に参加し14日は片付けで身体を動かしたのがよかった。15日も話して飲んでストレスはなくなったと思う。だから遅れて出たのかもしれない。

昨夜はビール2.35Lを飲み24時に寝たのだが今朝は気分が悪かった。朝ポカリスエットを飲み昼食は月ヶ谷温泉できつねうどん。クリアサヒとスーパードライの2種類を飲んだのが悪かったのか。1種類だけならあまり悪酔いしない気がするのだが。いっきゅう茶屋では鯛焼きが目の前で売り切れた。

本当は母の病院に行くつもりだったが止めて今日やれることをやっておこうと詰所のビール空き缶を片付けて午後は勝浦へ。エブリイのガソリンをJAで入れてmacで詰所に返すビール6本を買い個人でもスーパードライ6本を購入。夕方は詰所でゴミ箱に捨てる内容物を書いた養生テープを貼った。

ラックの組み立てと名三役会 (8月30日・日)


注文していたラックが土曜に届いたので組み立てた。5段ある棚の最下段はデスクの上にするから床から83cm。隣のラックの棚と高さを合わせたが奥行きが違うからあまり意味がなかった。サイドデスクの上は最下段まで10cm。廃棄待ちの古いHDDなどガラクタの類を押し込んだ。

棚の1段目には積み上げていた本を並べて高さを見ながら5枚の棚を取り付けた。ただ色が黒だし電気が当たりにくいから暗く圧迫感がある。いずれ慣れるだろうが。無線関係機材を置くため2年前に買ってデスクに置いていたラックの最下段が雑多な物置になっていたのでこれも整理した。

この机上ラックの最上段は固定電話機と鍵などを置き2段目に電源とSWR計。50MHzのアンテナが生きているかSWRを計ると50.1MHzでは1.0だが51MHzを超えると針が振れる。正しい。ハンドマイクは壊れたと思い外していたが取り付けて出力を計ると針が正しく振れる。いずれ交信で試してみる。

18時から名三役会。副総代がいないから実質2人。公民館に車で行ったが場所は消防詰め所だった。詰所のビールは飲めないからT中総代がクリアアサヒ4本と私は自宅からスーパードライ5本を持ち込んだ。畳にカビがあることを発見して拭いたりしたがS田氏とT君が来て私は23時前に撤収した。

『日本とユダヤの古代史&世界史』 (8月29日・土)


先日読んだ『アマテラスの暗号』で知った古代日本とユダヤの関係。もう少し詳しく知ろうと対談を読んだ。田中英道・茂木誠『日本とユダヤの古代史&世界史 - 縄文・神話から続く日本建国の真実 -』(ワニブックス)。著者の田中氏は美術史が専門の東北大学名誉教授。茂木氏は駿台予備校講師。

ユダヤ人独特の髪型と帽子とそっくりな埴輪が千葉の芝山古墳から出土。西暦200年から400年頃の古墳時代だ。そもそも紀元前722年の古代ユダヤ王国の崩壊と紀元前660年が起源と定めた日本の関係。古代から国を失ったユダヤ人が東を目指し古代以来日本に何度も来ていたという主張である。

渡来人の秦氏はユダヤ人で権力に結びついて利益を得てきたとする。八幡(はやた)神社はユダヤ教の神ヤハウェ。祝詞「大祓詞」に「大倭日高見の国を安国と定め奉りて」とあり日高見の国が高天原であり関東を指す。諏訪大社の御頭祭の儀式は旧約聖書にあり祇園祭はノアの箱舟。

稲荷は伊奈利と当て字で元はキリストが磔にされた罪状INRIである。こんは話が中東やキリスト教の歴史とともにてんこ盛り。既に縄文時代からユダヤ人やローマ人が中央アジアを経て何度も日本に来ていたという説は説得力があった。日ユ同祖論というより日ユ同化論。面白かった。

ラジオ体操 (8月28日・金)


沖縄からの移住者S藤嬢が地域の町興しグループ1Qに入ってこの夏にラジオ体操を企画した。手作りのスタンプ帳は2つ折り。子どもたちはほとんど町営住宅にいて地域の奥を知らないからと中面には手書き地図。地図はN野氏が作ったと。これがほしいと思ったし何人もに誘われたが6時起きで諦めた。

19日は小松島市で市政75周年事業として巡回ラジオ体操。1Qの皆や住宅の家族が5時起きで小松島小学校に出掛けた。いっきゅう茶屋でAちゃんが言うには上勝から17人が参加したらしい。私が子どものころもラジオ体操は毎朝6時半からだったのだろう。スタンプ帳を持って出掛けていた。

記憶にあるのは実家の東の道とドブ川を挟んで3軒奥。藪内さん宅隣がまだ空き地だったところでのラジオ体操だ。小学校の低学年の頃だったかもしれない。この空き地では三角ベースもやったし家の基礎ができてからも遊んだ。工事のおじさんたちが焚き火をするのに一緒に当たったりもした。

朝6時過ぎに友だちが迎えに来るが父が寝ていて「こんな朝早くに何なんだ」と言われた記憶がある。あれは1F6畳間だったから小学1~2年のときだ。高学年は通学路途中八百屋の馬居商店の南。他の地域からも来て知らない上級生の女子がハンコを押していたような。私も子どもの頃は早起きだった。

防炎カーテンと遮熱タープ (8月27日・木)


石積みに生えたヒュージを先日刈った。でも上から見ると刈り残しがある。苅込鋏を持ち出し上からチョキチョキ。それでも気になって昨日夕方はH木氏の畑に入って下からも切った。今日は畑手前に伸び始めた草も刈った。今年はヒュージ虫を絶対に這わせないという強い決意なのである。

さてカーポートに防炎カーテンを考えていてハトメからロープにフックを掛ければいいと思ったが手が届かない。エブリイワゴンの洗車でも屋根に手が届かないから洗車台をアマゾンのカートに入れた。でも最初からロープに固定してロープ両端をカーポート梁に掛ける方が簡単だと思い付いた。

一昨日コメリで道具を物色していてバンジーロープを見つけた。ロープ両端にこれを付けておけば簡単に固定できる。防炎カーテンは防水シートを兼ねるからロープの長さは両方の使い方を試してから切断すればいいだろう。焚き火台を出して置き場所を改めて確認しよう。

そのBBQ場には普段エブリイワゴンを駐めている。熱線遮断FRP屋根のカーポートの外だから暑い。どうにかしたいと考えてタープを掛ければいいとまた思い付いた。カーポートに一辺を固定して別の頂点にロープを掛ける。ロープを張るためパイプを埋め込む必要があるから来年になって考える。

転倒とスチールラック (8月26日・水)


昨夜23:01。たまたま玄関脇の防犯カメラの映像を見たらネコが入って来たところ。LEDライトと傘を持って外に出た。追いかけたがBBQ場から段差60cmのアプローチに飛び降りたところで転倒。横向きに1回転。傘は町道の向こうに飛んで行き右掌と左膝から出血。酔ってネコを追ってはいけない。

今日は右サイドデスクの上を片付けた。雑誌や資料などが高さ30cmまで積み上がっていた。最下層は2年半前のもの。一部はファイリングしたが捨てる資料やカタログが厚さ10cm分。これらを除けると天板が少したわんでいた。元は義母が一人暮らしで使っていたダイニングテーブルだ。

天板を広げられる仕組になっていて私は広げて使っているから重さには弱い状態。ここにラックを載せて本棚にしようと以前から考えていたがテーブルの上に置いては重さに耐えられないかもしれない。それならラックの脚は床に置けばいいのではないか。脚を1本だけテーブル上に置けば荷重は1/4。

テーブルに載せる脚1本が天井に届かないよう高さ180cm以下が条件。幅75cmと迷ったが載せる脚はテーブルの端に近い方が天板への負荷が小さいと考え幅90cm奥行き35cmのものを注文した。他のラックに合わせてシルバーにしたかったがなかったのでブラック。8,799円。

認知症 (8月25日・火)


兵庫県の香美町に住んでいて1年前にも会った小学校の同級生K井君は鳴門にいた母上を何年か前に呼び寄せ同居を始めた。でも認知症で財布の金をK井君に盗まれたと何度も言っていたそうだ。言われても仕方ないワルだったと告白しつつ奥様もいるので施設に入ってもらったと言っていた。

私の母は自分が忘れたことを人のせいにするがお金が盗まれたとは言ったことがない。逆にお金をもらったと妄想を言うことが何度かあった。私が口座を管理するようになって毎週1.4~1.9万円を渡していたが鏡台の引き出しに1万円があったとか言う。見るに見かねて誰かが入れてくれたのだと。

その1万円の出所は銀行引き落としのデイサービス利用料を持参して受け取られず置いていたものだったり自分で分けていたものだったはず。誰かとは具体的で私の妻の名前だったり東京の甥1だったり。2人とも何ヶ月も来ていないから違うと説明したが「そうかもね」と受け流しておけばよかった。

どう答えてもすぐに忘れるから同じではある。だから話を肯定して穏やかに話をすればいいのだろう。認知症サポーター講座というものを昨年12月に受けたが今になって内容が身に入ってきた感覚だ。それより私もああなるのかと思うと怖い。最近Xで話題の安楽死が合法化されればいいのにと思う。

弟の帰京と母の見舞い (8月24日・月)


弟が東京に帰ったので片付けるために実家に行った。ビールの空き缶は次の帰省で捨てると言っていたが持ち帰った。吉野川病院から名前が書けないと返された母の靴下も持ち帰り自宅で洗濯。弟のビールは仏壇へ。机のウィスキーは床に置き直した。2Fの雨戸を閉め常夜灯3カ所を消して。

入院費用を払うという誓約書の連帯保証人に弟の署名をもらったから提出するため吉野川病院に行った。面会は小さなタイマーを渡されボタンを押す。20分になるとアラームが鳴るのだろうか。母と話していると食堂から廊下のテーブル席に移動させられた。ここが談話スペースなのか。

母は弟が来たと言うが土曜なのか日曜なのかはっきりしないし甥が来たとか言う。次は孫を連れて来ると弟が言ったのかもしれない。行くと母はびっくりしてから喜んでいるから週に1度ぐらいは行った方がいいように思う。小言の多い母の認知症もここまで進むと顔を出したいと思ってしまう。

15時過ぎに帰宅して母の友人N西さんに電話した。面会ルールが厳しく誰かが見舞いに行くと後からは入れてもらえない。そのため調整するので事前に連絡をしておいてほしいと伝えた。明日は父方の伯母と従兄弟が行くと伝えると来週にしたいと言っていた。母と違ってしっかりしている。

草刈りと洗車と固定電話転送確認 (8月23日・日)


昨年ヒュージ虫が1日に何十匹も敷地を這い回っていたのが9月15日から。調べると卵から5日で幼虫になり3週間後にサナギになるらしい。昨年は石垣のヒュージを食い尽くしたから出てきたわけで8月下旬から9月中旬にかけて孵化すると予想。今年はヒュージ虫を見たくない。

まず卵を産まされないため今日は最高気温が36度あったが日が陰ってから石垣のヒュージを刈った。8月6日以来中17日ながらヒュージは十分に育っていたのだ。途中で燃料がなくなり携行缶も空。ちょうどH木氏夫妻が歩いていたから頼んで携行缶に3Lを入れてもらった。660円。BBQ場も草刈り。

終わりかけにT中氏が孫2人と歩いてきた。ボランティアタクシーで何度も送迎した91歳の母上が転倒して入院したと7月に神社で聞いていたが歩けるようになっているとか。今日は7月9日以来1.5ヶ月ぶりにS210の洗車も。ヤリスはパスしてエブリワゴンは6月の点検以来。自宅では8ヶ月ぶりだった。

さて母の携帯電話に最近5桁だけの変な番号から架かってきていたが今夜20時過ぎに出てみたら固定電話の転送設定に関する確認だった。いちいち保留で待たされてイライラしつつ最短の工事日は9月11日というから承認。最後になって3,300円掛かると言われたが仕方ない。

弟の帰省 (8月22日・土)


東京に住む弟が母の見舞いに行った。飛行機の到着が遅れ病院に着いたのは15:40だったと。面会は16時までだから何とか間に合った。後から聞くと母は元気そうだがボケていたと。「あんたのお母さんは元気なんで?」と言われたらしい。説明すると理解したと言うがなかなかに笑える。

私が実家に行ったのは16:30頃。弟には夕方行くとLINEしていたがいないから2Fの窓を開けつつLINEで連絡。買物をしていたとかで15分後に来た。まず病院の支払の連帯保証人として署名してもらった。印は私のシャチハタを使った。母を発見した当時の状況を現場を見ながら説明。

昨日病院で聞いた話も伝えた。当初は老健の後に特養かグループホームという目算だったが病院の後はサ高住などになりそうという話。要は一段よい方向で進行している。昨夜調べたら上勝にある健祥会の3つある施設は有料老人ホームとケアハウスだから空いていて可能ならここがいいのだが。

弟とは20分ほど話して17:15頃に実家を出た。いつものマルシェで夕食を取りながら弟に明日もできれば病院に行ってやってとLINE。18:30からE川クリニックで「響」の練習。月に1回だがW槻氏制作の音取りデータをいつも車で聴いているから分からない音もあったが何とか付いて行けた。

母の転院で鳴門に3度 (8月21日・金)


8時に出て実家経由で鳴門病院に9:30。4F東病棟で少し待たされ8月分の入院費用が出たと1Fで精算。23,630円。玄関脇の車椅子を持って再び4F。患者サポートのT橋さんがいて書類にサイン。母を車椅子に乗せ車に移ってもらった。心配していたがエブリイの高い座席にも難なく乗った。

今日は真っ当な会話ができる。吉野川病院に着くとまず事務職員から料金の説明。次に男性看護師H井氏と母の状況について書類に書き込み。すぐ診察室に呼ばれ院長と話した。優しく丁寧だ。食事について訊かれた母は私ら夫婦の食事を作っていたと答えた。首を振ったら院長が分かってくれた。

病室に行くと2人部屋だが広い。廊下の机で書類を何通も。さらに退院後の施設について地域連携室のH氏から説明。特養はもちろん老健も選択肢に入らないと。グループホームか介護付き有料老人ホームかサ高住などで検討したいと。彼が施設を探してくれるらしい。病院を出たのは13時過ぎ。

さて朝10:30吉野川病院に着いたとき鳴門病院から靴下が1足出てきたと電話。母の荷物には鳴門病院の本が入っていたからひろっちゃんで徳島ラーメンを食べて再び鳴門病院。今度は吉野川病院から電話で肌着と名前を書けるよう白っぽい靴下を持って来てと言われ実家で見繕って再び北島。

母に乞われ2,000円を置いてきたが現金はダメとH井氏から言われ持ち帰った。一方H氏からは介護保険の区分変更を申請するが介護保険証を受け取れるようにしてほしいと鳴門市役所で転送手続きを訊いてくれたので今日3度目の鳴門。市役所の保健課では話が早く手続きはすぐ終わった。

鳴門市役所に向かうとき散髪のサカイに車がいなく来週から鳴門に行く用がなくなったので今のうちにと市役所からの帰りにサカイに寄った。終えて18時を回ったのに渋滞にはまり沖浜のやまでわかめうどん。鳴門から北島そして鳴門また北島で最後に鳴門市役所と1日仕事になった。20時に帰宅。

eQSLとTurbo HamLog (8月20日・木)


アマチュア無線では交信記録証としてハガキ大のQSLカードを交換する。日本アマチュア無線連盟(JARL)が中継してまとめて送付してくれるが会費が年7,200円と高い上に届けられるのは最近は年に1~2回らしい。紙のカードの良さはあるが最近は即時性と安く済ますため電子QSLの仕組がある。

代表的なものがeQSLらしく解説サイトを読んで登録してみたのが火曜。本人確認用に局免許状もJPEGにして提出したら25分で承認された。QSLカードは有料会員で独自の画像を使えるらしいがデザインは4種類しかない。既に作ったデザインは使えない。これは紙専用にするしかないか。

その前に交信記録を連動させられるらしいハムログも調べたい。Turbo HamLogはダウンロードしていて最新版Ver.5.47に更新したがよく分からず解説書『ハムログ入門ガイド』を購入した。今までソフトの解説本など見ず使ってきたのに知らない無線用語もあって難しい。設定項目も多い。

今年7月の交信局が相手の名前や交信3回目だとか瞬時に話していたが多分このソフトを使っていたのだ。それほど検索機能が多岐にわたる。ただ2年前の交信記録を転記したのにDBに登録されず悪戦苦闘。Alt+Enterでできた。解説書の後で追加されたのだろう。3年間で3件だけの交信を登録した。

鳴門病院とドコモ固定電話の転送設定 (8月19日・水)


防災訓練の皿鉢を注文してからいっきゅう茶屋。弁当が売り切れで2Fで食べた。一昨日の1Q勉強会で会った金沢のY本さんが来たので挨拶。WHYのヨコミチと言ったがヤス君と呼ばれている青年とも挨拶。一昨日のK藤嬢も来た。朝は鳴門病院から電話があり吉野川病院への転院が金曜に決まった。

東京の弟が週末に母の見舞いで帰省するので実家の鍵を彼が受け取れるようにしてきた。鳴門病院に行くと母は車椅子でナースステーションにいる。病室に移り話をしたが今日はまともだった。ベッドからもスムーズに立つ上に歩きだそうとするぐらい回復している。いい傾向である。

さて先日失敗した母のdアカウントは日曜にパスワードを再設定したがドコモ回線を使う必要があり母のガラホを使った。何とか設定画面まで行ったのにdアカウントはドコモhomeなる固定電話回線がないと。ドコモ光電話というサービス名だと分かり再トライをしたが結局分からなくなって中止。

今日ドコモ新浜店で訊くと窓口では母の委任状が必要と。ただしFAQサイトを教えられガラホのSIMカードをスマホに入れれば楽にできると言われた。そこでiPhoneに母のSIMを入れ母のdアカウントであちこち彷徨って該当箇所を発見。月550円。13日以降を指定とのことで9月1日付で設定した。

母の友人と退院先と1Q勉強会とツバメ (8月18日・火)


母の高校の友人N西さんからハガキが届いた。いつもS神さんと3人で木曜に出掛けていると聞いていた。母の携帯に着信が何度かあったが出られないまま。ハガキは家族宛の文面。架かってきたら説明しておいてと母から言われていたので昨日こちらから電話をして折り返しの電話で事情を話した。

昨夜は月ヶ谷温泉で早めの夕食。母の実家の叔母から電話があり説明してから温泉前の公民館で1Q運動会の勉強会に参加した。昨日朝M本嬢から誘われていたのだ。30人以上いた。1Qは元は町主導でできた地域の町興しグループだ。今は町とは独立して活動している。それも我が地区だけらしい。

N野氏や旭のK田氏に福原のY畠氏ら経験者がいて私は1Q委員になったことがないのに先輩扱いされて困惑。指名されれば話したが。最後に5グループに分かれて話した。N原嬢を中心にM本さんと徳島出身S田さんと高知出身K藤嬢と熊本出身I上さんに金沢から着いたばかりY本さんと役場K田氏。

今日は鳴門病院のソーシャルワーカーさんから電話。退院先として北島の施設を希望していて先方も受け入れ可能とのことだが併設の吉野川病院でどうかと施設側から提案があったらしい。リハビリが1日3回と多く値段が安い。値段はともかく歩けるようになった方がいいので提案に乗ると返事した。

16時過ぎに表に出ると我が家の敷地上空を通る電線3本にツバメが留まっている。ざっと140羽。どういうことだろう。17時過ぎには12羽に減っていたが。夜は消防分団の役員会。終わって残ったのはN野分団長とY山副分団長にK井氏S田氏T君。500mLビール2本半。昨日の会の振り返りをN野氏と。

『麦の海に沈む果実』 (8月17日・月)


数ヶ月前にお奨め小説を紹介するYouTubeを見てアマゾンのWish Listに入れていた。昨年7月の大阪出張の帰りに梅田の紀伊国屋で『蜜蜂と遠雷』下巻を買ったことを先日の大阪で思い出し同じ作家の作品だから読んでみた。恩田陸『麦の海に沈む果実』(講談社文庫Kindle版)。

舞台は函館の湿原が見える丘にある全寮制の中高一貫校。全ての物語が学園の中で進行する。最初は昨年読んだカズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を読んでいるような感覚に陥った。同じ隔離された全寮制の学園ものだがこちらは日本で主人公は中学2年の女性である。

入学も卒業も3月という学校。2月に来た生徒は学園を破滅に導くという噂があることを2月末日に転校してきた主人公が知り動揺する。各学年1人ずつで構成されるファミリーのメンバー。誰も信じるなという警告。校長は男だが女装して生徒の前に現れることもある。何人かの生徒が死んでいく。

自分は何者なのか。不安と不信。ここは墓場なのかゆりかごなのか。ラストは幻覚の中で一気に謎が明かされて思いもしなかった大どんでん返しで最後に主人公は学園を出て行く。著者の筆力で読まされた物語は面白かったが教訓がない。暇つぶしのミステリーとしてはよくできていたという感想。

カーポートの防炎カーテン検討 (8月16日・日)


薪ストーブを新たに買って夜BBQ場で読書をしたいと考えて購入したKindle Paperwhiteは活用している。問題は薪ストーブだ。片付けるために小さな物置も考えたが今ひとつ考えがまとまらない。元に戻って焚き火でもいい。でもその場合は灰を防ぐためカーポートにカーテンを付けたい。

防炎テント生地の販売サイトは見つけていた。カーポートの柱間が3mだから4m程度のパイプを梁の上に通してテント生地を巻き付ければロールカーテンになるはず。でも使わないときに巻き取る手間は面倒だしパイプに固定する方法も分からない。横開きカーテン方式でも強風のときに不安がある。

先日ベンチでビールを飲んでいて梁にパイプではなくロープを架けて防炎テント生地のハトメにフックを通して引っ掛ける方法を思い付いた。パイプでもいいが落下したとき車を傷つけるしロープの方が固定しやすく安全だ。引っ掛けるのも外すのも手間は掛かるが方法としては最も単純。

焚き火台は準備と片付けが面倒だと思っていたが使わないときに防水シートを掛けておけば出しっ放しにできるとも考えていてカーポート用の防火シートと兼用すればいいと思い付いた。台風のときは焚き火台ごと片付ける必要はあるが出しっ放しにできれば焚き火の前で過ごす時間が作れるはず。

母のETCカード解約と実家dアカウント (8月15日・土)


母のクレジットカードに紐付いたETCカード年会費は使わないと有料になるとのことで昨日実家でカードを探した。2分で発見。私は本人ではないため電話では面倒なことになりそうだからWebからトライしてみた。まずMy JCBをiPhoneにダウンロードしてカード現物はあるから諸々の設定。

ログイン後サイト内を探し回ってカード退会から手続きを進めた。カードはドコモの支払に使われていてテレビやネット回線も紐付いているからカードそのものを退会してしまっては大変。慎重に進んでいくと退会できるのはETCスルーカードのみでチェックを入れて無事手続きが終わった。

実家の固定電話から転送もしたい。ドコモ契約では転送できないと思ったが今日見たら可能になっている。Webでdアカウントを設定したら過去に設定済みでパスキーやらが混乱して悪戦苦闘の末に何もできず。パスワードを試していたらロックされてしまった。窓口で相談するしかなさそうな。

夜は消防点検。8人。Y山副分団長の指名で一緒に買い出しに行き酢豚と麻婆豆腐を彼が作ってくれてS田氏H木氏N田氏と5人。H木氏が帰りN田氏が22時前に帰って瓶ビール12本を消費して解散かと思ったら前分団長で名総代T中氏が来て4人で最後は25時過ぎに解散した。合計瓶12本と500mL缶11本。

お盆の集いの片付けと母の靴2足 (8月14日・金)


9時過ぎに起きて外を見るとK山氏の車が爆走していたから片付けは9時からだったのかと50分遅れて行くとやっぱり10時始まりだった。H木氏親子とN野君Y田君T木君K山氏K井氏とS藤嬢に11時過ぎにT中総代。テントは半分が一部乾いておらず干してから。倉庫と何往復かした。11時半終了。

S藤嬢を除く男たち9人で月ヶ谷温泉。役場出勤のT君N岡君も合流。昨日12万円近く売り上げていたらしく昼食代は経費扱い。操法大会のときの飲み物が漬け物桶に入ったまま倉庫にあってK井氏と詰所に運んで13時に解散した。午後は鳴門病院から母の着るものを持って来てほしいと電話があった。

アメニティを着ずカーディガンだけでいるからだ。入院費用の支払いもあるので15時前に出た。実家では服3着と最初に母が言っていたカーディガンを見つけて病院。まずは7月分の支払い。服3着は見せずにカーディガンだけ渡した。ベッドから立たせてみると先日よりスムーズだ。

靴を持って来てほしいと言うので2回目の実家で指定のものと歩行訓練により向きそうな別の1足を病室に置いてきた。実家では仏壇の水を替えビールは持ち帰り冷えたものを供え直した。鳴門渦潮高校2回戦の負け試合をラジオで聞きながら火曜に続き今日もカフェ・ドゥ・マルシェ。

お盆の集い (8月13日・木)


従兄弟から一昨日に墓参りに行き昨日は母を見舞ったと朝電話があった。私は母の退院先を北島にするとソーシャルワーカーさんに電話で伝えた。阿南は私にとっては便利だが今後どうなるか分からない母にとっていいのは北島の方だと考えた。さて今日は地元のお盆の集い。夏まつりである。

段取りは1Qのメンバーがやっていて私は13時に準備を手伝いに行った。でも雨のためテントで休んでばかり。一旦帰って雨が上がった16時に再び。提灯用の長いケーブルの断線を確認してから電球を付けてフェンスに這わした。すっかり晴れて西日が眩しくサングラスを掛けて準備をした。

旭など他地域から出店を出す人たちが続々と来て準備が進む中を私は賄いのビール350mL。17時過ぎにまた帰宅してカップ飯のカレーを食べて18時を回って再び会場へ。何年か前までは音響担当を手伝っていたが今やY田君が仕切っているので出店でビールや食べ物を買うことに専念。ビール0.7L。

常時100人以上いたと思う。子どもが多い。数十人と話をしてO君夫妻らのバンド演奏まで見てまた帰宅。終わった頃を見計らって三度行って片付けに参加した。22時半帰宅。皆は隣の消防の新詰所で打ち上げをやっているが主力は40歳代以下なので遠慮した。実際もう飲み続けるのがしんどくて。

タレックスのPC用グラスと夕涼み (8月12日・水)


お昼にいっきゅう茶屋に行くと今日も豚しゃぶおろしポン酢で先週から4回目。イマジンとS谷氏は打ち合わせ中でS谷夫人がいたから一緒に食べた。生後2ヶ月で移住して来て彼らが育てる4ヶ月の女の子と一緒。子どもの頃の話や京都の祭りなどの話をした。お盆休みで観光客も多かった。

午後は注文していたタレックスのPC用グラスが届いた。効果を感じるわけではない。クリップは気にならないが今までなかった黒い枠が視界の上下に見える。縦が4mm大きいLサイズにした方がよかったかもしれない。ただ頬に当たるのは嫌だししばらく使ってみようと思ったら半日で慣れた。

鳴門病院から母の入院費用7月分が約1.8万円との連絡も受けた。安い。さて一昨日介護施設を見学したとき利用料引き落としに銀行印が必要と言われ昨日実家で探した。これは一発で発見。一方で母のクレジットカードに紐付いたETCカードが来年から使っていないと有料になるとのハガキが届いた。

車を処分した時点で不要になったETCカードだが持ち帰っている母の財布やバッグにはない。実家でまた探さなければならない。いろいろあって鬱になりそう。夜は弁当を食べてから涼しいので外に出た。夕暮れどきにベンチに座ってビールを飲みながらぼんやり。毎日こういう生活をしていたい。

墓掃除と仏壇にビール (8月11日・火・休)


従兄弟から昨日電話があり伯母が今日母の見舞いと墓参りに行くと言う。そうかお盆か。彼らが行く前にと墓掃除に行った。まず12時過ぎに出て昼食は鳴門吉永でうどん。どの店も満車に近かったのにここは13時過ぎに私一人。自宅から箒や剪定鋏や実家からゴミ袋を持って墓に行った。

昨年はハゼノキがあったりしたのに生け垣はきれいに刈られていたし黄色い小さな花が生けられていた。多分1年前のままのしきびをうちの畑で切って持って行ったものに替えて水も入れた。一旦実家に戻り休んでいたら隣のN岡さんが「最近お母さんを見かけないけど」と来たので事情を説明した。

鳴門病院に行くと母は看護師さんと腕を回していたところ。ベッドに座っているから立たせてみると立つことはできる。歩くことはできない。昨日ソーシャルワーカーさんが言うには母は歩行器で7歩歩いたが膝が痛いとリハビリを止める日があると。今日は計6回ぐらい立たせてみた。筋トレである。

実家で急須の中にティーバッグを見つけて洗ってふと思い付いてハローズで冷えたビールを買って仏壇に供えた。子どもの頃に父が飲んでいたキリン。ラガーにした。墓参りや仏壇やら今までは見向きもしなかったのにXで読んだ「怖い話」の影響か霊を感じて信心が芽生えたような行動をしている。

介護施設見学3件目 (8月10日・月)


14時に阿南名月苑。介護施設見学の日は今まで2回ともモスバーガーで昼食を取ったので今日は羽ノ浦店で。家を12時前に出たので食べ終わってから1時間もある。時間を潰して7分前に着いた。担当T岡さんは30歳代の女性でバスケットかテニスの選手だったようなタイプ。好感が持てる。

料金表も公開されているし施設はやや古いが印象はいい。2~4階に部屋がある。算定に響くから直接特養への転出は止めて欲しいと。自宅で一泊など抜け道はあるらしいが。印象がいいし自宅復帰を目指すならいいと思ったがテレビは持ち込みだし着替えやタオルも用意する必要があるのは面倒だ。

北島がどうだったか忘れたが同じだとしても新しさと部屋の広さでは北島。考えがまとまらず鳴門病院のソーシャルワーカーTさんに電話をした。J社後輩の旧性M田嬢の母上が入居したと以前聞いたことを念頭に退院すぐグループホームの選択はないかと訊いたら居住地の鳴門が条件らしい。

無理ではないが老健でリハビリをする方がいいという何となくのニュアンス。今日の施設でも言われたが要は本人の意欲次第なのだ。病院でも母は指示がやっと理解できるようになったらしいが。ちなみに老健から老健の移動は可能か訊くと難しいと。この件のストレスが強くて溜息ばかり。

S210で昼食ドライブ (8月9日・日)


週5日の営業日に毎日昼食を食べていたいっきゅう茶屋はO原シェフが母上に代わって自ら乗り出しメニューを変えた。値段が1,200円と200円上がり定食は3つから選べたのに1種類のみになって先週は豚しゃぶおろしポン酢を3回食べた。私を排除するような変更だが文句を言える立場でもない。

Y下さんが申し訳なさそうにしてくれるが昨日訊くと今日も同じメニューだと言う。それで今日は町外に出た。洗車を除けば動かしたのは5月以来のS210で持井橋を渡らず那賀川沿いを途中から東岸に渡って加茂谷から阿瀬比経由195号線。鷲敷のカントリーロードに11:20頃に着いた。

ハンバーグカレー辛口。着いたときは1台だったのに帰る12時前には満車。行く途中に水井という案内版があったから改めて通ってみようと大塚製薬工場を超えて那賀川北岸から下流に向けて水井橋を見つけ東岸に渡ると狭い道路で加茂谷中学のところに出た。当初予定と逆に通ったらしい。

改めて阿瀬比から相生。日和佐でソフトクリームを食べて帰りは日和佐道路を通らず旧道経由。加茂谷まではどの道も2車線で広くなったが鷲敷寄りが狭い。それでも1.5車線ながら阿瀬比に出る道が一番広いと分かった。142.3km。12.9km/L。夕方から鳴門渦潮の試合をテレビ観戦。サヨナラ勝ち。

タレックスPC用と畑の草刈り (8月8日・土)


運転用に跳ね上げ式オーバーグラスを昨年5月に買った。本当はタレックスのオーバーグラスが欲しかったが高いしサイズが微妙に小さかった。大きなサイズが出ないかと昨夜サイトを見直したらピンポン。でもやっぱり高いから逡巡してサイトを見ていたらPC用のクリップオンタイプがある。

運転より圧倒的にPCを見ている時間が長く目はいつも疲れていて今の跳ね上げサングラスで決定的な不満もないのでPC用を買ってみることにした。夜間運転にも向くと謳っているから兼用もできる。装着感に問題がなければ昼間の運転用もオーバーグラスでなくクリップオンにする選択もある。

今日は夕方から畑の草刈り。7週間ぶり。70cmに伸びたみかんの木や柿やすだちや枇杷の木にツルが絡まっていて丁寧に外したり強引に引きちぎったり。ふと左の太ももを見ると赤黒い汚れが3カ所にあってすぐ下に黄色い虫がいる。ヒルに噛まれて出血したと慌てたが私の血ではなかった。

スズメバチとも対峙したが草刈り機に触れて飛んで行った。さて先日のJ社OB会でT田嬢が母上を施設に入れたと言っていたから尋ねたが地域包括支援センターに相談すべしと当たり前の話だけ。夜は妻の部屋のエアコンにボックス掃除のランプが付いていたから埃を取り除いた。10日ぶりにビール。

防災インタビューとWindows検索設定 (8月7日・金)


先週F井嬢から頼まれてゴミステーション併設の施設で今日徳島大学環境防災研究センターのインタビューを受けてきた。徳島のテレビでよく見る上月教授と院生と学生さん。K田嬢が話している横に座って待機して11時から50分も話をした。集落孤立について町から委託を受けたと言っていたか。

アマチュア無線の話に興味を持たれた。スターリンクやポータブル電源も考えていると話したが南海トラフ大地震は昨年聞いたところでは2035年の予想なのでまだ用意はしていない。買った浄水器のことも思い出したが田舎は水もあるし煮炊き用の燃料にも事欠かず都会より防災に強いと思う。

さて過去の日記の記述を引用するときエクスプローラーで検索をかける。ところが最近の日記が表示されないことが増えた。SSDに換装してからも古いHDDのEドライブを参照しているのだ。これをOneDrive for BusinessのCドライブに替える必要があることは分かる。どうすればいいのか。

ネットで調べてWindowsの設定を見たが検索除外フォルダにEドライブがある。履歴を消し再度Eドライブを除外設定したが変わらず再起動すると今度はCドライブが除外設定されている。これらを全て外したら検索できるようになった。訳が分からないが希望通りになったからヨシとする。

母の介護施設検討と笹橋君と草刈り (8月6日・木)


母の介護施設は私の自宅近くがいいかもしれないと思い始めて昨夜探すと介護老人保健施設(老健)なら阿南名月苑が一番近いと分かった。経営者一族の一人を知っている天満病院の系列だ。ここを見てみてもいいかと思ったのが昨夜。鳴門病院のソーシャルワーカーTさんとは午後電話で話した。

昨日見た大津の施設は3ヶ月にこだわらないと言うから最後まで住むことになるだろうが確かに遠い。母は要介護1だが今なら3になるだろうと昨日も言われた。ただし今まで自分で歩けていたのに最初から諦めて介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム=特養)を選ぶことに少し抵抗がある。

3ヶ月で1%でもいいから自立を目指して欲しい。結果として自立できず北島の施設で要介護3になって3ヶ月で退所させられたら上勝にある特養のピーターに移ればいいかと今のところの心づもり。さて昨日見学した陽だまりの担当はS橋氏という。訊いてみたら小学校の級友の4つ上のお兄さんだった。

私が作曲コンクールで入選したきっかけを作ってくれたS橋君は高知医科大を出て医者になったそうだ。子どもが4人いて京都市左京区にいるらしい。昨年会った小学校時代の友人2人にLINEで報告。今日は北の石積みなど家回りの草刈り。1ヶ月ぶり。風が強くて助かったと思ったら空調服を着ていた。

歯科と施設見学2件目 (8月5日・水)


前歯の被せ物は多分3月頃に取れたと思うが放置していた。ようやく治療に11:30にゆめタウン。終わって鳴門へ。昼食は今日もモスバーガーで市役所で施設入所の減免申請を訊いた。施設名と入居日が必要で同月中であれば遡って適用されると聞く。コーヒーを買って実家で休んで15時に鳴門病院。

母はナースステーションに車椅子でいて談話室に移動して話したが別のカーディガンを母の実家で取ってきてと言う。すぐそこやからと。市民病院と間違っているらしい。母の実家に行ったところでないだろうに。実家に戻り母が言うものを探したがなく近いものを持って行ったが違ったらしい。

急いで退去して16時に大津町。施設候補2件目である。会議室で話をして施設内も見学したが築35年と古い。介護老人保健施設の3ヶ月期限というのは建前だと言われた。担当者から自宅近くの方がいいのではないかとも言われた。病院に行くにも呼び出されて上勝から来るのは大変ではないかと。

料金も詳しく教えてくれた。減免は年金額と預貯金で決まり帰宅後に調べると母は条件の預貯金500万円以下だが年金が多いので第3段階2に該当しそう。施設を出たら17時近くでどうせ渋滞だから実家に戻って休んでから帰宅した。阿南と小松島の施設もネットで見たがよく分からない。困っている。

『ヒミコの暗号』 (8月4日・火)


伊勢谷武『ヒミコの暗号』(Kindle版)を読み終えた。物語は先日書いた舒明天皇の歌への不審や壬申の乱の地名問題に続いて帝国陸軍が吉野川中流にある善入寺島の神社を大正4年に爆破した史実に基づくAI映像を見たところから動き出す。阿波の歴史が皇国にとって不都合だったという解釈だ。

古事記も日本書紀も中臣鎌足の息子藤原不比等が古代祭祀を司ってきた忌部氏を歴史から葬るため改竄したものでこれを正当化する秘密組織が今もあり主人公の邪魔をする。この組織とここでも中国人スパイが暗躍してこれもミステリーなのだろうが分かりにくい。登場人物の誰が誰だったかと。

ときどき古代の巫女と民族移動のシーンが挿入される。それは主人公が後に「血の記憶」から思い起こしたアフリカの7万年前から数千年前までの記憶だと分かるのだがこれも理解しにくい。ご都合主義の展開も多々あって小説として没入できない。そもそも単行本では上下2巻ありとにかく長い。

ただアカデミック・スリラーとして「この小説に登場する文献、神名、神社、祭祀、宝物、異物、遺跡、ならびにDNA分析を含む科学的知見は、実際の資料と研究成果に基づいて」いると明記しておりY染色体の移動から縄文時代に日本は世界最先端で文化は大陸に環流したという話は説得力がある。

最後に主人公の友人が声を掛けたシーンでは涙した。「まず『祈り』があり、そのもとに伝統も文化も国柄も生まれてくる」とあとがきにある。天皇が表の祭祀王なら裏で支え祈る巫女の存在。主人公が阿波や日本の隠さた歴史を学んだ末に古代から受け継いだ巫女の血を覚るという物語だった。

施設見学と空調服と井戸寺 (8月3日・月)


8:36に出て北島町役場まで59分。さらに3分で吉野川病院。周辺を1周して併設の介護老人保健施設「敬愛の家」に入った。母の施設見学その1なのだ。部屋も廊下も広く新しいしスタッフも多い。ただ他の病院には行けず退所する必要があるし理学療法士などが付いてのリハビリは1日20分だけと。

基本的に3ヶ月限定。介護老人福祉施設は要介護3以上が条件なので今の母は入れないが3ヶ月で歩けるようになるものだろうか。ちなみに月額料金は4人または2人部屋が9万円で1人部屋が16万円。減免申請すれば各6万円と13.5万円。一般的に諸々の追加費用があって1万円ぐらいプラスになるらしい。

施設は30分で退出して国府のワークマンに向かった。192号線沿いだと思い込んでいたが田宮街道沿いで石井まで行ってUターン。モスバーガーで昼食後にワークマンで空調服を買った。元祖に敬意を表してバッテリーの信頼性も考え株式会社空調服製。計2.04万円。実家で組み立てた。

帰りに郵便局を見つけたので源泉税を納入して通り道にあった17番札所井戸寺にも立ち寄ってお参りした。以前も来たが井戸にこんな建物があったっけ。顔は映ったが。次に鳴門。車椅子に座ってナースステーションにいる母が座布団が欲しいと言うので15時まで待って実家から持って行った。

今日は車椅子ではなく同じ部屋の窓側に変わっていて点滴中。寝ていたのを起こして話したが普通の会話になった。「今日は家に帰ろうと思う」と言ったりしたが。私が帰ろうとすると「寂しいなぁ」と。また実家で冷蔵庫の卵や食パンや新たに見つけたきゅうりの漬物を持ち帰っ畑に埋めた。

『ヒミコの暗号』と古事記の舞台阿波説 (8月2日・日)


先日読んだ『アマテラスの暗号』に続いて伊勢谷武『ヒミコの暗号』を読んでいる。本作も短いページで場面が切り替わるからつい読み進めてしまう。まだ7割程度なので全体の印象は改めるが古事記の時代さらに明治政府から今も隠されている事実を暴くというミステリー。舞台の多くが徳島なのだ。

主人公は万葉集にある舒明天皇の歌を不審に思う。奈良の香具山から海原は見えないのにと。ところが祖母が残した歌を元にこの香具山が徳島の日の峰だと知る。小松島市大林町は飛鳥という地名だったとも知らされる。あるいは大海人皇子と大友皇子が戦った壬申の乱も現実的な行程ではないと。

この地名は徳島の吉野川中流に揃っている。徳島の鴨神社周辺には葵が自生しているが京都の賀茂神社の社紋の葵は周辺にない。出雲神話に登場する神々は全て徳島の式内社で祀られている。伊勢神宮外宮の大宮司家である度会氏の始祖天村雲の名を冠した全国唯一の村雲神社は式内社で徳島にある。

こんな話がてんこ盛り。私が知っていた話は1割もない。そこで6月にもらってきた阿波ヤマト財団のパンフを開いた。神社の縁起や古事記の記述との関係などの情報は乏しいが詳しい地図付き。落ち着いたら古事記をまた復習しながら縁起を調べこの地図を頼りに徳島の神社巡りをしたいと思う。

怖い経験と霊的なもの (8月1日・土)


昨夜は何度もトレイに起きたが割とよく寝られた。今朝9時過ぎに鳴門病院の主治医から電話で母は昨日から熱が出て点滴を再開したという連絡。食事は半分ぐらい食べているらしい。私は自分の体調優先で病院には行かず。母の実家の叔母から気になるからと電話があって状況を説明した。

さて先日来Xで「怖い」話が引用RPで次々表示されれ500件ぐらい読んだと思う。霊的な体験の多さに驚くが今はあまり怖くない。ただ思い出すと私の「怖い」経験は2つ。小学校低学年だったか実家すぐの小さな三差路から真東50m先にある椿の生け垣前に女性が立ってこちらを見ていたこと。

夕暮れ時だったし気がしただけかもしれないが怖かった。もう一つは実家トイレ。当時は奥の大便器と手前の小便器の間に戸があった。その上に何か大きなものがある感覚。大便器にしゃがむと右の桟の上。大きいというのは部屋に収まらないぐらい巨大で丸く重い概念。ときどき夢にも出た。

怖くなかったが霊的な経験もある。父の一周忌で親戚が集まり話をしていたときすぐ外の植木台から風もないのに大きな音を立てて鉢が落ちた。集まったのなら早く始めろと父が怒っていると思った。それもあって何かあれば父や祖父母からメッセージが届くと思っている。霊の存在は信じている。

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© 2026 Takashi INAGAKI